ノートは「対等な関係の証」

ノートをつけていなかったら?

そんな質問に、伊藤は「自分で考えられる選手になれなかったかもしれない」と答えた後、こう言った。

「ノートもそうだけど、そもそも思ったことを口に出せない環境だと難しいですよね」

どんなものかと言えば、コーチと選手が対等でない環境だ。
 
「他の人はコーチと選手の間に差ができてしまいがちなのかなって思います。選手よりも、コーチが上? みたいな。そうではなくて、平等だと思う。プレーしているのは選手ですよね。私は選手としての自分の気持ちをわかってほしいし、松﨑コーチもそれをわかってくれていると思います」

勇気を出して思っていることを話したのだろう。

「あ、なんかちょっと興奮したのか、熱い」と手のひらで顔をあおぎながら率直に話してくれた。

「そういうこと(対等な関係性の重要性)をわかってくれるコーチでないと、私のコーチはできないと思う。そのくらい私は扱いが難しいと思います。選手に意見されるのが嫌な方(指導者)もいますよね。でも、私は対等に意見しあえる関係でいたいので」

そして、続ける。

 「そんな私を受け止めてくれて、プラスを生み出してくれる。幅を広げてくれる。選手の意見を大事にしてくれる。それが松﨑コーチ、かな」

書くことでストレスも発散できる

女子選手は女子コーチのほうがいいという考え方もあるが、伊藤は「女子同士だと、お互い気が強いと言葉がきつくなるって思ったりするけど、私は(男女どちらかというよりも)慣れのほうを優先したい」と話す。

コーチを替える選手も少なくないが、伊藤は「替えるのは好きじゃない」とハッキリ言う。

「他のコーチから新しいものを取り入れることはあっていいし、当然だと思う。でも、担当を替えるという選択肢は私にはありません」

練習後は多くの時間を割いて松﨑と議論を重ねる。自分で感じたことは言葉を尽くして伝え、コミュニケーションをきちんととっている。

書くことでストレス発散もノートも継続している。コーチと書き始めたころは1ページで終わっていたが、今は3ページに及ぶこともある。書くポイントが増えたということは、理解度や卓球偏差値がアップした証だろう。

また、ノートを見返すことの利点はあるが、その賞味期限はわずか1年。例えば、前回対戦したときに書いた内容をみると参考にはなるが、それが1年以上遡ったものだとそうならない。なぜなら、卓球は進化するからだ。

「更新されるのがすごく速い。(ラケットやボールなどの)道具もよく変わるし、技術も変わってくる。だから、○○選手の1年前のプレーっていうのはまず見ません。半年前がリミットです」

スカウティング動画を見る場合は、なるべく直近のもので伊藤自身と同じタイプの対戦相手との試合にするという。戦いはまさに試合前から始まっているのだ。
 

伊藤美誠をはじめ、各界のアスリートたちが育った過程を「ノート」というひとつの切り口から分析。具体的なルポに加えて、脳科学者・篠原菊紀氏によるノートの分析がなされ、それぞれの選手や指導者がノートによってどのように力をつけたのかもわかりやすくまとめられている。伊藤選手については本書でさらに別の「練習ノート」やメニューの組み立て方なども書かれている。