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昭和・平成・令和の日々は、将来「何時代」に区分されるのか

「東京時代」それとも「太平洋時代」?

「令和」の時代が始まる。

令の文字は、個人的には「律令」という言葉を連想して、古代らしい印象を受けてしまった。

ただまあ年号のあとに時代を付けて「令和時代」「平成時代」と呼ぶのは、明治以降に限られている。みんなの記憶にある近い過去は、あまり歴史的には眺めないからだろう。

「明治時代」と「室町時代」の時代区分の違い

インターネットでの大喜利(お遊び)的なお題として、年号を冠した社名などを挙げてみてください、というのがあった。つまり明治製菓や大正製薬、昭和電工、というようなやつを並べてみようというものである。

大学名をふくめ、明治大正昭和から慶応あたりまで挙げられていたが、そのあと「江戸」や「平安」などを冠した企業名や学校名が挙げられていた。

しばらく意味がわからなかった。明治、大正、昭和と、江戸、室町、鎌倉が並べられるとは何なのかとおもったが、しばらく考えて、ああ、「時代区分の名称」と「年号」を一緒にしているのか、と気が付いた。

たしかに、小学校の教室の壁にそういう年表が貼ってあった。

旧石器時代があって、縄文時代、弥生時代があり、それから飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸ときて、明治、大正、昭和、平成と並ぶ。そういう歴史区分がある。わかりやすい区分である。わかりやすいぶん大雑把でもある。それから見れば、たしかに「平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸」と「明治、大正、昭和」は同じ区分に見えるのだろう。かなり大雑把すぎますけど。

 

あらためて言うまでもないが、「江戸」という年号はない。「鎌倉5年」や「室町13年」という呼び方も存在しない。

江戸時代にタイムスリップしたとして、「いまは江戸時代か」と聞いても、まわりの人たちはきょとんとするばかりだろう。江戸時代の人は誰も自分たちが「江戸時代を生きている」とは考えていない。

江戸時代の年号は、慶長の途中から始まって、元和に改まり、寛永、正保と続いて、そこから30の元号を経て、元治、慶応まで続く。ずいぶん多い。

「江戸」も「安土・桃山」も「室町」も年号ではなく、地名だ。

「飛鳥」時代から「江戸」時代までは、基本、中央政権のおかれた地名で時代を呼んでいる。

飛鳥に王宮があったときは飛鳥時代、そのまま帝の居場所が変わって、奈良、平安と動いてた。武家政権になって、その頭領がいた場所(政権所在地)が「鎌倉」「室町」「安土」「桃山」「江戸」と移っていった。それが時代を分けて呼ぶ呼称に用いられている。いまさら何を説明してるのかというくらいの当たり前の話ですけど。