がんと付き合い続けて14年生きた、樹木希林さんから学ぶこと

「がんでいいじゃない」、そう言われても……というあなたに
週刊現代 プロフィール

がんはありがたい病気

希林さんと親交のあった、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏はこう語る。

「彼女が乳がんになったとき、『がんになって、よかったのよ』と自分に起きていることを受け止めている様子でした。そこには、彼女独特の考え方があったんです。

'04年当初、希林さんはお孫さんと休暇をタイのプーケット島で過ごす予定だったんですが、乳がんと診断されて仕事もキャンセルし、旅行も中止になりました。

すると年末にスマトラ島沖の大地震が起きた。それを受けて『自分は死んでもいいけど、孫を死なせていたかもしれないから、がんになったことは意味があるの』と言っていました。

死から逃げようとすると、さらに悲惨な結末があるかもしれない、彼女はそういう考えの持ち主だったんです」

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病気が見つかれば、完治を目指して全力で闘うのがいいことだと考えるのがふつうだ。「闘病」の2文字が、それをよく表している。

一方、希林さんは「病気を駄目として、健康をいいとするだけなら、こんなつまらない人生はない」と語っていた。むしろ、身にかかる不幸もひっくるめて楽しむのが、生きる醍醐味だと考えたのだ。

「病気のおかげで、いろいろな気づきもありましたね。だって、気づきをしないと、もったいないじゃない?せっかく大変な思いをするのに、それを『こんなふうになってしまって』と愚痴にしていたら、自分にとって損ですから」('15年、映画『あん』公開時のインタビューで)

それだけにとどまらず、希林さんは、「がんは面白い」とも言う。

「がんはありがたい病気よ。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。

ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう。そういう意味で、がんは面白いんですよね」('09年の産経新聞インタビューから)

 

結果として、がんで手術をしたのは最初の乳がんの1回だけだ。ヤケになって人生をあきらめたわけではない。

がんが脊椎などの骨に転移すれば、身体に痛みが走り日常生活もままならなくなる。女優の仕事に支障なく、がんの進行を抑える方法はないか、本を読み、常に探していた。

乳がんの術後、家族のすすめでホルモン剤治療をはじめた。一般的に、ホルモン剤は筋肉の痛みや血栓、うつのような症状など副作用が出ることが多いが、希林さんも薬が自分の体に合わず、体調を崩しがちだった。

自分でさまざまな治療法を調べた結果、最終的に鹿児島の「UMSオンコロジークリニック」での放射線治療を選んだ。

CT動画などをもとにがんの位置を追跡し、放射線を当てて症状を緩和する。治療は一日10分だけ、しかし1ヵ月間受け続ける必要があった。

「切るのは簡単、だけど生活の質を下げない治療法を探すのは大変」と、女優としてだけではなく、人生を目いっぱい楽しむための選択だったのだ。

もっとも、彼女は手術や抗がん剤治療といった標準的な医療に対して否定的な考えを持っていたわけではない。ただ、「抗がん剤治療で苦しむ患者さんを何人も見てきた」ことも確かだった。