チキンラーメンはかつて「西日本の食べ物」だったかもしれない

『まんぷく』を見て思い出した!
堀井 憲一郎 プロフィール

卵を載せる、も関西文化なのか?

そもそも昭和のころは東京と京都・大阪を結ぶ新幹線がすいていた。

大学に入ってから東京と京都の往復が多くなったのだが、1970年代終わりから1980年代前半は、平日の東海道新幹線はすいていた。平日ならば、ふらっと東京駅に行ってもだいたい自由席に座れた。

それが1980年代の後半から、つまり異様な土地と株の高騰による不思議な好景気の時代から、どんどん混み始めた。平日の昼に座れなくなった。東京と大阪を往復する人がすごく増えている、と感じた。東京への一極集中がどんどん進んでいたのだろう。東京の文化が都市文化のモデルとして、全国へ広がっていった。平成の時代は東海道新幹線がとても混んでる時代になった。いまも変わらない。

日清食品の広報によれば、2004年に「たまごポケット」を作り、国分太一と仲間由紀恵をコマーシャルに起用したところ、チキンラーメンが画期的に売れるようになったらしい。ひょっとして、チキンラーメンは「21世紀らしい食べ物」と感じている人たちもいるかもしれない。

 

ただ、この生卵をのせる、というのは、私にはどうも関西文化のようにおもえてならない。べつだん関西の独自文化ではないだろうが、関西人はいろんなものに生卵をのせる傾向があるようにおもう。

カレーライスに生卵を入れるという話をしていたとき、東日本育ちの何人かに一人は、なんだそれは、拒否反応を示されたことがある。驚きだった。可能なものにはとりあえず生卵を入れる、というのが私の基本方針だからだ。

もちろんポケットが作られる前から(1960年代から)、卵があったらチキンラーメンに入れていた。エースコックのワンタンメン、明星チャルメラにも入れていた。日清やきそばには入れてなかったなとおもいだしたが、目玉焼きにして入れればよかったんだ、といまといまおもいついてしまった。そのうち焼きそばUFOでやってみることにする。

チキンラーメンは「西日本の食べ物」だった時代があったのだ。

中央文化と違う対抗文化があるのは大事なことだとおもう。地方の特産品というレベルではなく、それなりの広範囲に広がる対抗文化があるのは、国にとって大切なのことだよな、とチキンラーメンを食べながら、ふとおもった。

そういえば、ここ数ヶ月、朝ドラの再放送を見ながら、チキンラーメンとカップヌードルをたくさん食べていました。NHKのドラマを見て特定食品が食べたくなるのも珍しいことであるなとこれは平成末期の風景。