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チキンラーメンはかつて「西日本の食べ物」だったかもしれない

『まんぷく』を見て思い出した!

東京ではチキンラーメンを見かけなかった!?

チキンラーメンはお湯をかけるだけですぐに食べられるラーメンである。昔からとても重宝であった。

私は1958年の生まれなので、チキンラーメンと同い年になる。つまり物心ついたときからチキンラーメンがあった。チキンラーメンだけではなく、袋麺もあった。明星チャルメラやエースコックのワンタンメン、日清やきそばあたりである。チキンラーメンは、家に何となく置いてあった。必ずあるわけではないが、よく買い置きがあったとおもう。

1978年、東京に住み始めて、「チキンラーメン」が売られてないことに驚いた。

昭和53年のことである。

近くのスーパーに売っておらず、遠くのスーパーにも売っておらず大学近くでも探しても見当たらず、まさか売ってないとはおもわないので、そこらじゅう探し回った。

京都ではどこでも売られていた。おそらく関西圏ならどこでもチキンラーメンは売られていたとおもう。だから、京都よりもっと栄えているはずの、都会であるはずの東京で売られていない、というのは衝撃だった。

ひとり暮らしの学生にとって、チキンラーメンは頼りの綱である。少なくとも1970年代の京都の大学生にとってはそうだった。大阪でも一緒だとおもう。

鍋がなくとも作れるし(ないしは鍋のまま食べてもいいし)、安い。

金のない学生にとってはある種のライフラインだった。

仕送り金のあるうちにチキンラーメンを買っておくことがひとり暮らしの基本だとおもっていた。でも東京にはチキンラーメンがない。中野区や新宿区では見つけられなかった。

東京育ちの友人に聞いて、チキンラーメンなどというものは私は見たことも食べたこともないと聞いたのは、その少しあとである。驚きでしばらく茫然としてしまった。

 

東西の食文化の違い

関西から関東に移り住んだとき、いろいろ食の違いに驚くものである。

昭和53年の私は「東京はチキンラーメンが売っとらんとこですばい」というのが大声で叫びたい一番の驚きだった。驚きのあまり、方言まで違ってます。

ついでに言うなら、二番めに驚いたのは、「肉うどん」を頼んだら牛肉ではなく豚肉がのっかってきたこと、三番目は「冷麺」を頼んだら、こんにゃくみたいな麵が出てきたこと、である。冷麺は、京都では「冷やし中華」のことを指していた。
 
チキンラーメンについては、すぐに親に連絡して、京都のスーパーで箱買いしてもらって、箱ごと送ってもらった。なくなると連絡して、箱で送ってもらっていた。だからうちではいつもチキンラーメンが常備してあった。

三重出身の友人が、それは懐かしいとうちのアパートまでやってきて、うまいうまいと食べたが、そのとき一緒にきた関東出身者(埼玉県蕨市)の男は、食べながらべつだん何の感想も言わずに、あげくに残していた。貴重なチキンラーメンを完食しなかっのだ。おのれ関東のやっこめーと40年経っても忘れられない。

つまり私と同世代でも、東京エリア育ちの人たちは、子供のころにチキンラーメンを食べてない可能性がある。

カップヌードルは売っていた。1971年に発売されたカップヌードルは1978年の東京でも絶賛、発売されていた。でも、チキンラーメンはなかった。