# 心理・精神医学

「自閉症」から読み解く、若冲が大人気になった本当の理由

21世紀的な若冲と積極的奇異
竹中 均 プロフィール

若冲が愛した「反復」

このような高精細さと共に、若冲作品の特徴は、反復への愛好である。もちろん、絵画に限らず芸術一般にとって、反復は重要な要素である。だが、反復に対する若冲の向き合い方は独特なようである。

以前開催された「名作誕生」展においても、何点かの若冲が出品されていたが、その図録で、1つの視点が示されていた。

 

それは、同じ姿形の動物を、異なる画の中で繰り返し用いる若冲のやり方への注目である。いったいなぜ若冲は同じイメージを使い回したのだろうか。

若冲は資産家出身で隠居生活を送っていたので、晩年以外は、生活のために画を売る必要はなかった。したがって、納得するまで時間と手間をかけて作品を仕上げられるわけで、急いで描く必要がなかった。

なので、手間隙の節約のために同じイメージを使い回す必要はなかったはずである。にもかかわらず、使い回しをしているということは、若冲にとっては、同じイメージを反復すること自体が好ましいと感じられていたのではないだろうか。

近世における反復の「奇想さ」

同じイメージの反復は、それだけではない。1枚の画の中でも若冲はイメージを繰り返す。

その結果、ほぼ同じ姿をした雀が何十匹を飛ぶ画面や、何匹もの同じ顔をした子犬が1本の綱のように連続する画面が生み出されたのである。1枚の縦長の画面の中に、ひしめき合うように鶴が折り重なっている画もある。

若冲は、大坂の大商人で本草家(ほんぞうか)でもあった木村蒹葭堂(きむらけんかどう)との交流に代表されるように、江戸期日本の博物学とも言うべき本草学と関わりが深かった。

それゆえ若冲作品に登場する動植物たちは、博物学的な眼差しで捉えられているように思われる。

だが、博物学画ならば、1枚の絵画の中に、なるべく多彩な種類の動植物をコンパクトに描くのが相応しいだろう。

ところが上記の若冲作品では、同じ種類の生き物が多数、1枚の中に描かれている。とすれば、この数の多さは、多様さを表現するためではなく、同じものの反復へと向けられていると言える。

同じイメージを多数繰り返すのは工芸品では一般的だが、1点の独立した絵画ではミスマッチな印象を受ける。とりわけ、作品を作者個人の主体的表現として評価するような近代以降の芸術観では、このような作は評価しにくい。

それでも、「奇想」というような特異な視角を導入することによって評価可能であっただろう。

しかし現在、このような繰り返しは自然に受け入れられるようになっている。それは例えば、ほとんど同じイメージの商品を並べてみせるアンディ・ウォーホルの作品を思い出させる。

自閉症から読み解く若冲 

以上、「高精細」と「反復」について取り上げてきたが、実は美術史とはまったく異なる文脈においても、これらのキーワードは現代的である。

なぜなら、この2つは、発達障害の一種である自閉症者の世界を考える上でのキーワードでもあるからだ(竹中均『自閉症の社会学』を参照)。世界を高精細な視覚イメージで捉え、反復を快く感じる感性を自閉症者は持っているらしいのである。

だが、若冲その人が自閉症だったのではないかというわけでもない。

近年、自閉症はスペクトラム(連続体)として捉えられるようになった。すなわち、風邪を引いた患者が、そうではない健康者とは別に存在するように、かつては、自閉症者という人が、健常者(定型発達者)とは別に存在するという風に考えられていた。

ところが最近になって、自閉症研究の進展と共に、自閉症と定型発達との間に明確な境界線を引くことは出来ないという考え方が台頭してきた。言い換えれば、定型発達者にも、程度の差はあれ、自閉症性がありうるという認識が登場してきたのである。

もしそのような考え方が正しいとすれば、定型発達者が中心となって築き上げてきた文化にも自閉症的側面がありうることになる。ここではそれを「自閉文化」と名づけよう。

このような立場に立てば、伊藤若冲は自閉文化の一端を担っており、そのような文化だからこそ、21世紀の私たちは強く惹きつけられているのかも知れない。

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