(筆者撮影)

平成とは「日本の近代化の総決算と相対化の時代」だった

平成と令和、二つの改元の対照性

「平成の終わり」とはどんなものか

「激動の昭和は終わりました」――1989年1月7日、昭和天皇の崩御をうけて、ニュースにはこの表現が満ちた。

「激動の昭和」――それは多分に、第二次大戦における激戦の末の敗戦とその後の経済発展をうけての表現といえよう。

焦土からの戦後復興、高度成長、バブル経済と、64年の長きにわたる「昭和」という元号のなかで、日本社会はまさに、どん底と繁栄を味わった。

経済的にも社会的にも、「激動」という単語で時代が語られたのが、昭和の終わりであった。

 

では、平成の終わりはどうか。

平成の終わりは昭和とはかなり様相を異にしている。

これまでとは違い、今上がご存命のままの代替わりでもあり、一つの時代が終わったという緊迫感が以前よりも薄く、さらに、改元の季節が前回のように厳冬期ではなく初夏を迎える時期でもあり、季節感を大事にする日本文化の傾向にてらしても、より楽観的で、新天皇即位の祝福ムードが漂っている。

(筆者撮影)

改元が先帝陛下の崩御に続いたため、歌舞音曲が「自粛」され、いつもは賑やかな銀座通りも人気がなかった前回とは対照的である。

60年以上続いた昭和に比べ、平成はそのほぼ半分の30年と少しであるため、その時期に生まれたり、人生の大部分を過ごしたりした記憶がある人も昭和よりも少なく、元号への愛着が必然的に薄くなることもあろう。

平成時代に抱くイメージについてのアンケート調査を、平成生まれの若者に試みると、自分が生まれて半分くらいしか生きていないので時代意識を十分に語ることができない、率直に言えば自分が生まれた時代、という素朴な感想が多いのも、無理からぬことである。

個人としてもある程度の歴史を重ねなければ、自身が生きた時代を客観的に語ったり、歴史のなかに位置付けたりするのは難しい。

そもそも、天皇一世につき一つの元号による時代区分は日本近代の歴史的区分であり、日本史上も決して新しいものではない。

ゆえに、このグローバル化時代に元号で歴史認識を語るのは妥当ではないとの議論もあるが、新たな元号制度が始まって五つ目の新元号を迎えるにあたり、日本近代の歴史を振り返れば、確かに、日本社会の心性はその元号ごとの特徴をもっているかにみえる。