〔PHOTO〕西﨑進也

中国で最も有名な日本人俳優が明かす「私が中国で成功できたワケ」

矢野浩二さんインタビュー

2000年、中国の恋愛ドラマ「永遠の恋人」の主役に抜擢されて以降、活動拠点を中国に移し、テレビドラマ、映画をはじめ、国民的バラエティー番組で司会を務めるなど大ブレーク、13年にはニューヨーク・タイムズとCNNに「中国で最も有名な日本人俳優」と紹介された矢野浩二さん。16年に日本に凱旋帰国を果たし活動の幅を拡げる彼に、中国での生活と今後の展望について話を聞いた――。

矢野浩二(やの・こうじ) 1970年、東大阪市生まれ。役者を目指して上京するも、なかなか芽が出ず、森田健作の付き人になる。2000年、中国の恋愛ドラマ「永遠の恋人」の主役に抜擢されると、以降、「記憶の証明」「大刀」など中国の連続ドラマの常連に。06年からは「快楽大本営」など中国のバラエティー番組にも進出。13年11月、「ニューヨーク・タイムズ」と「CNN」ニュース特集で「中国で最も有名な日本人俳優」としてインタビューを受けた。16年からは拠点を日本に移し、ドラマ「ゴールドウーマン」「瀬戸内少年野球団」(いずれもテレビ朝日)などに出演。人気ドラマ「相棒」「ドクターX」にもゲスト出演し、現在は「警視庁・捜査一課長season3」で鑑識課主任・武藤広樹役を演じている。

身一つで中国に渡り16年

――4月の新年度を迎えましたが、相変わらずのご活躍ですね。日本でも、中国でも。テレビドラマをつけると、「あっ、矢野さんが出てる」ということがよくあります。

矢野: おかげ様で、忙しくやらせてもらっています。

直近で言いますと、日本では、ドラマ『警視庁・捜査一課長』(テレビ朝日系列)の2時間スペシャルが、4月21日(日)よる9:00から放映されます。私は鑑識課の主任、武藤広樹役です。

また今年の1月から、NHKの『華語視界』という番組が始まりました。NHK初のインターネット配信の中国語ニュースで、私は午後6時台の番組進行役として、日本の文化やエンターテインメントなどを中国人向けに紹介しています。

――もう一つありますね。4月から始まったEテレの中国語講座『テレビで中国語』(火曜 午後11:30~11:55)、見てますよ! 西川口で、旨そうな東北の鍋料理、食べていましたね。

矢野: そうなんです。NHKのテレビ中国語講座で「矢野浩二の吃美食交朋友」というコーナーが始まりまして、内容は、私が首都圏にある本格的な中華料理店を回って、料理を作る人たちの思いや食を通したコミニュケーションについて伝えるというものです。その第1回目として、いまや3万人の中国人が住むという西川口の「中華街」でロケをやりました。

私は中華料理の中でも、東北料理がとりわけ好きなんですが、西川口のその店は、「很地道」(ヘンディーダオ=極めて本場の味)でしたよ。

――そうですか。テレビを観ていたら、矢野さんが店に入ったとたん、中国の東北地方出身の「老板娘」(ラオバニアン=店のマダム)が、「あの有名な矢野浩二が来た!」と、腰を抜かすほど驚いていた。その光景を見たとたん、中国での矢野さんの八面六臂のご活躍ぶりを思い出しました。

日本へお帰りになって、どのくらいになりますか?

矢野: 私が中国から日本に拠点を移したのが、2016年2月でしたから、もう3年が経ちました。

――もう3年ですか。帰国された時には、東京・永田町にあるザ・キャピトルホテル東急で、大々的な「凱旋帰国会見」をやりましたよね。私も行きましたが、「中国で最も有名な日本人が帰ってきた」ということで、大盛況でした。

矢野: ありがとうございます。北京に拠点を移したのが2000年でしたので、計16年住んだことになります。

――16年ですか、お疲れ様でした。思い返せば、私が最初にインタビューさせていただいたのは、中国に拠点を移されたばかりの頃でした。あるジャーナリズムの先輩から「身一つで中国に渡って有名になったスゴい日本人俳優がいる」と紹介され、今はなき『月刊現代』でインタビュー記事を出しました。

矢野: その節はありがとうございました。でも当時はまだ、中国でたった1本のドラマに出ただけで、まったく無名だったんですけどね(笑)。

 

――いやいや、年齢は30歳そこそこだったと思いますが、これは中国で大物になるなという予感がしました。何というか、中国人的ハングリー精神のようなものが、全身に溢れていたんですよ。

あのインタビューで記憶に残っているのは、日本で芸能界に入られた時のエピソードです。大阪出身の青年が森田健作さん(現千葉県知事)に憧れて東京へ出てきて、森田さん本人の前に突然現れて土下座し、「弟子にしてください!」と頼んだと。

矢野: そう、そう。それで付き人にしてくれた森田さんも、大したお方です(笑)。

――でも森田さんのもとで付き人をやりながら俳優修業をやっていても、なかなか芽が出なくて、ある時、一念発起して中国に渡ったんですよね。

矢野: ええ、森田さんのもとで運転手兼付き人を約8年やりました。その後、中国の『永恒恋人』(永遠の恋人)というドラマで日本人留学生役、しかも主役を募集しているという話を森田さんのマネジャーさんから聞いて、トライしてみたんです。そうしたらオーディションに合格し、初めて北京へ行きました。

中国での撮影は、意外に面白くて、いっそ未知の国で勝負してみるかと。師匠(森田健作)に相談しに行ったら、「おう、いいじゃないか、行って来い。その前にまず中国語を勉強しろ」と言われて、一年分の留学費用をポンと出してくれました。あの時は涙が止まりませんでしたね。やっぱり大したお方です(笑)。

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