若者が産婦人科に行くことの心理的ハードル

若者が産婦人科に行く際、考えてしまうことは様々だ。

・どんな診療をされるのか、台に乗って脚を開くのは恥ずかしい
(注:実際には、必ずしも診察台に乗るわけではない)
・診療で処女膜が破けることはないのか
(注:これはまずない。そもそも処女膜は1枚の膜が張っているわけではなく、穴は元から開いている)
・男性医師は避けたいが医師の性別は選べるのか、わからない
(注:担当医の性別、選択できるかは病院による)
などなど…。

そして、最も大きなハードルを一言で表せば、「若くして産婦人科にいるなんて」「相当遊んでるんだわ」「最近の若い子は」といった、“いわれのないジャッジメント”にあると感じている。

産婦人科は本来、月経が始まれば、自己管理のために訪れて良いはずの場所で、実際私の信頼する多くの産婦人科の先生たちはそれを勧めている。

しかし、若くして性交経験を持つ女性に対するタブー視や批判的視線がまだまだ強いこの日本社会において、「性交経験があってはじめて行く場所」「子どもができてはじめて行く場所」と思い込まれがちな産婦人科に若くしていくのは、心理的に容易ではない。結果として、医師、他の患者を含めた周囲の「あら、あの子若いのに」という視線はもちろん、自分で「産婦人科にいるなんて恥ずかしい」と、他者の視線を内面化して苦しむ子も少なくない。

ネットを少し調べれば、若者の「産婦人科に行ったことを親に知られるのが怖くて行けない」「待合室での他の女性の視線が辛かった」「保険証は親が管理しているが、産婦人科に行くとは言えず、病院に行けない」など、若者の悲痛な声が溢れている。

“相談の幅が広いこと”が持つ意味

冒頭に紹介したスウェーデンのユースクリニックはその点、相談の触れ幅が「ちょっとした相談から妊娠」まで、非常に幅広いことが最大の利点だと思う。友人関係で悩みを抱えているのか、幸せな恋愛をしていてただ性感染症検査と避妊をしたいだけなのか、DVやレイプの被害者なのか、ジェンダーアイデンティティに悩んでるのか、想定外の妊娠をしたのか、待合室にいるだけでは誰にも分からない。

実際、私がユースクリニックを訪れた際、待合室には、ひとりの人もいれば、友人と、カップルで、と性別問わず様々な形で訪れていた。そういった中では自他ともにジャッジのしようがなく、偏見やスティグマを内面化せずに済んだのを覚えている。「若者専用」ではあるが、「女性専用」ではないので、男性がいてももちろん自然なことだ。

待合室の壁には、レインボーフラッグが掲げられている。性別関係なく相談できる場所。撮影/福田和子

この間口の広さは、“いわれのないジャッジメント”の防止になるだけでなく、「妊娠不安や性感染症の裏にある暴力等の早期発見」に繋がると私は思っている。もちろん、どんなに愛し合う対等なカップルでも、妊娠不安や性感染症に晒される可能性は充分にある。全ての人が背景に何かの問題を抱えているわけではないが、若年者になるほど、妊娠不安や性感染症の背景にデートDV、性暴力などが裏に隠れている可能性が高いとされている。

もし暴力の起こる前からユースクリニックを知っていれば、有事の際、ユースクリニックが頼れる大人の存在として機能し、早期の相談に繋がる可能性もあるのだ。