1972年、家族みんなで見ていたテレビ番組を懐かしむ

遠い昔の家族団欒
週刊現代 プロフィール

百恵が『スタ誕』で合格

バラエティ番組に関していえば、'69年から始まったザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』がお化け番組。

また'60年代半ばからの寄席演芸番組ブームも続いていた。『笑点』を筆頭に、『大正テレビ寄席』『土曜ひる席』『日曜演芸会』(テレ朝系)、『やじうま寄席』(日テレ系)が週末の午後に乱立し、噺家と漫才師が出ずっぱり。しかも、いずれも2ケタの視聴率をキープしていた。

平日の夕方は10月から始まった『ぎんざNOW!』(TBS系)が席巻した。出演は、せんだみつお、キャシー中島、日系ブラジル人の双子の美人姉妹デュオ『ジェネミス』ら。

「せんだ偉い!せんだ偉い!」「駒澤、中ゥー退」などのせんだのギャグが今も頭から離れない人も多いだろう。せんだ本人は当時をこう振り返る。

「夕方は視聴率が取れないというのが定説でしたが、あれよあれよというまに13%も取ってしまった。ウケた理由は少しヤンチャな高校生が、自分たちも番組に参加している疑似体験を味わえたからだと思う。

後にヒットする『夕やけニャンニャン』('85年~)など、ラジオ的な視聴者参加型番組の礎になった。

実際には、その前に流行っていた大阪ローカルの『ヤングおー!おー!』のパクリだと思うんですが(笑)。

キャロルやダウン・タウン・ブギウギ・バンドなど、出演者は人気者たちだらけ。彼らを司会の僕は、アゴで使ってね。深夜以外はタブーだった『セックス』を扱い、『性の告白書』というお悩み相談コーナーを作ったこともあった。

若者が共感する番組だったんでしょう。僕にはかけがえのない番組です。ギャラは安かったけど(笑)」

 

前年10月から始まったオーディション番組『スター誕生!』(日テレ系)で、桜田淳子と山口百恵が合格したのも'72年だった。

「楽しみだったのが、合格した女の子たちがどのように躍進するのかを予測すること。'72年にデビューした森昌子さんはあまり売れないかも、と思っていましたが、誰もが知る歌手になった(笑)。中森明菜さんもこの番組で発掘されています。

国民的な名曲が不在な今こそ、『スター誕生!』がまた復活したら面白いでしょうね。新たな音楽文化が花開くかもしれませんよ」(前出・内藤氏)

特撮ヒーローブームもこの年の特徴だった。『仮面ライダー』『帰ってきたウルトラマン』はもちろんのこと、『ミラーマン』『スペクトルマン』『怪傑ライオン丸』(いずれもフジ系)や『レインボーマン』(テレ朝系)といった異色のヒーローたちにも少年たちは心を躍らせた。いずれも最高視聴率は20%以上だ。

「『レインボーマン』は戦時中の恨みで日本の破滅を目的とする『死ね死ね団』が敵。偽1万円札を大量にばらまくことによりハイパーインフレを起こし、日本を混乱に陥れる陰謀にはビックリです」(前出・黒田氏)

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テレビが社会を呑み込んだ

前述した「あさま山荘事件」も含めて、'72年は戦後史の転換点となる大ニュースがいくつもあった。それゆえテレビは娯楽だけでなく、大きな役割も果たすようになった。

「私はテレビが社会を呑み込んだ年だと考えています。あさま山荘事件をはじめ、『日航機ハイジャック事件』『横井庄一さん帰国』『田中角栄首相の訪中』など、報道特番が高い視聴率を獲得した。

テレビを見れば、国際情勢も含めて『世の中が動いている』感覚になりました。特に事件の生中継はテレビの独壇場です。

有名なエピソードとしては、この年の6月に佐藤栄作首相が新聞記者を嫌がり、テレビカメラだけを相手に記者会見を開いて、退陣を表明しました」(前出・太田氏)

'72年にNHKの夜7時のニュースが高視聴率をとった日を上の表にまとめた。見れば、あの日の映像が頭で再生される。新聞でもラジオでもない、テレビが日本人にとって特別な存在になった。それが'72年だった。

 

「週刊現代」2019年3月23日号より