なぜ元号の典拠は「中国の古典」であり続けているのか

元号を考える②
堀井 憲一郎 プロフィール

むかしの日本人にとって、「漢語・漢文が世界共通語」だったからだろう。その時代の「世界」はいまでいえば東アジアエリアでしかないのだけれど、でもそうおもっていた。漢字だけで書けば世界にも通用するという感覚だ。いまの英語表記に近い。

極端に言えば、いつか何かのときにその文書を世界の中心(中国王朝の所属の部署)に提出しなければいけない可能性を考えて、公式文書は漢字だけで書いていた、ということのようにおもう。ほとんど提出されてないはずだけど。

読んでみるとわかるが、これらは正式な漢文ではない。日本人が読みやすい仕上がりになっている(史部流(ふみとべりゅう)などと呼ばれる)。

語順が日本語式なのだ。

先だっても、私は江戸時代の儒学者の林鵞峰の漢字だけの文章を読んだが、とても読みやすかった。日本人が日本人に読ませようと漢字だけで書いているから、読みやすいのは当然である。

古代中国への尊敬

日本人の書いた「漢文」は和風である。

「日本書紀」はごく一部をのぞききちんとした漢文で書かれているが、「古事記」はかなり史部流だとされている(『漢字伝来』大島正二 岩波新書)。

8世紀の書物がすでにそうである。その後の日本人の書いた「漢字だけの文章」は、正式な漢文というより、「当て字の文章」であることが多いのだ。そもそも日本書紀が正しい漢文で書かれたのは、当時の中国(唐)語が話せる中国人スタッフが助けていたからでもある。日本人が日本人の力だけで、なかなか「中国式の正しい漢文」を書けるものではない。

 

このポイントから、日本製の漢文は「漢字を選ぶ典拠にする」ということに向いてないのではないか、とおもってしまう。

前編に挙げた額田王の歌の「船乗世武登」から漢字二文字を取って、次の元号を「世武」とすると言われてもちょっと困る。「船乗りせむと」、の「せむ」から年号を決められてしまうと、ちょっともやもやしてしまう。

漢字はどこか偉いものであって欲しい、という奇妙な感覚が多くの日本人にはあるのだろう。古代中国への尊念が残っているようにおもう。

「わが国はオリジナルの文字を持っておらず、近くの文明国から文字を借りているままである」
「元号システムは中国王朝のシステムを真似たものである」

この二点をふつうに認めるところから始めるしかない。

つまり「オリジナル」であることを主張する必要はないということだ。