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今さら聞けない「日韓関係」…対立の構造と背景にある歴史

日本の我々が知っておくべきこと

『冬ソナ』ブームの記憶

日本の対応に韓国の金大中大統領が喜んだ時があった。

1998年10月に金大中が来日した。この翌月、中国の江沢民国家主席が来日した。「日韓共同宣言」には、過去の歴史について日本側の「痛切な反省と心からのお詫び」を明記し調印した。

中国側は「日中共同宣言」に、具体的に「謝罪」や「お詫び」の言葉を盛り込むよう求めていた。しかし日本側は受け入れなかった。民主主義の価値観を共有する韓国に接近して、共産党独裁の中国を遠ざけた。差を付けられたと反発した江沢民は「共同宣言」の文書に調印しなかった。

金大中は日本文化を解禁し、2002年のサッカーワールドカップ日韓共催へと進んだ。2003年には日本でも韓国ドラマ『冬のソナタ』がNHKで放映され、韓流ブームが起きた。あれはいったい何だったのか――。

あのときの韓国は中国とは違う道を歩んでいた。そして今の日韓関係の悪化は、かつて北京に駐在した筆者から見ると、日韓両国、いや北朝鮮と融和した韓国と日本が、大国・中国を頂点にした秩序の中で、序列競争することで起きているように見えるのだ。

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償いの問題は、お互いが個人同士であれば、被害を与えた個人に対して責任を認め、謝罪し、補償し、賠償し、二度と争いに手を染めない保証ができれば何とか収まる。しかし国家間の問題となると、簡単に済む話ではない。そこに政治や国益が絡む。

あのドイツは冷戦時代に、侵略されたフランスが西ドイツに「一緒に欧州共同体をつくろう」と手を差し伸べ、ソ連が東ドイツから上納させたことで、“収束”に向かった。それでも新しい相手から補償を求められ続けている。

韓国人は「不平等条約」を撤廃したいと考えている。しかし日本人は早く忘れたいと考えている。そして今、戦争中どころか国交正常化当時のことも知らない世代が向き合っている。

筆者の結論は、問題の原点にある1965年の「日韓請求権協定」は、韓国側が不当性を訴えているとはいえ、国際間の約束であり、国内問題より優先されるべきだというものだ。

ただし司法における和解など、運用面での解決を目指せないものかと考えている。そしてお互い民主主義国家だ。国家の主役は民衆だ。国家同士が向き合うだけでなく、国家は相手国の民衆にも直接向き合うべきだ。日本の政府は韓国の民衆に納得させるべく説明する責任がある。

その前に我々は、最低限、対立の構造と背景にある歴史を知らねばならない。そうすることで政治を動かす要素のうち、「感情的なもの」を抑えなければならない。日本はこの先、北朝鮮とも交渉することになるだろう。彼らは韓国以上に理論武装している。

冷戦以後の日韓関係

そこで、日韓関係が悪化する背景を、考えられる以下の因数に沿って分析してみた。

それぞれの因数が左に傾けば、日韓関係改善の要素が揃う。「政権指導者」の主導権が不安定であれば日韓関係は悪化する。

韓国大統領は、5年間は強い権力を維持できるが、交代すれば不正を責められる。もともと地方分立が激しい。新大統領は前大統領の政策をひっくり返す。これにより指導者は、求心力を得るために「民衆」の愛国主義的な言論に迎合するポピュリズムに走りがちになる。

このことは結果的に対日政策の継続性を妨げる要因になってきた。だが今の文在寅政権の場合は、日韓関係見直しを主張する民意に無批判で乗っているといえるだろう。

 

さらに朝鮮半島では最後まで冷戦状態が続いた。「安全保障」では、北朝鮮の恫喝外交や後ろ盾の中国と対峙する米国の軍事戦略の下、韓国は日米韓3国の安保協力を最優先に置いてきた。だが同じ民族との対立は韓国の国民の本意ではない。

特に日韓での安保協力は日本の植民地支配を想起させる。そして韓国社会は、「統一の夢を犠牲にしてきた」という思いを抱くとともに、思想的には革新と保守の真っ二つに分断し続けて来た。北朝鮮に同調した革新の反体制活動家が、日本のように体制側に飲み込まれたり、挫折したりすることなく存在し続けたのだ。