先住民族として、手付かずの北の大地に生き、衣食住の全てを自然の恵みのなかに育んだアイヌの人々。文字を持たなかった彼らは、手から手へバトンを渡すようにやさしく丁寧に、その独自の文化を今に伝えてきました。ガラス作家の山野アンダーソン陽子さんが北海道へ、彼らのものづくりを旅します。
アイヌを育んだ雄大さのなかで。
二風谷を西へ走り、支笏湖で朝を迎えた翌日。吹雪から一転。眩しい朝日がキラキラと水面や透明な氷柱に反射する湖畔を歩き、昨日を反芻してみる。
森の恵みを糸に変え、日常的に紡ぎ続ける雪子さん。二風谷に伝わる自然の神々の力をイタに彫る守さん。柔軟さも取り入れながら、古くからのものづくりを現代に残そうとする美和子さん。それぞれに手がけるものはさまざまだが、同じアイヌの伝統をバックボーンにした創作の根底にあるのは、人間を取り巻く万物に神が宿るとするアイヌ民族の精神性であり、神である自然を拠り所として敬う、深い畏敬の念だ。そして山と海や湖、この雄大な北国の風景と気候も、彼らの生活やものづくりに結びついている。
山野さんがアイヌと同じように、大自然に生きる先住民族と出会ったのは、一時期アリゾナに住んでいた高校時代だったという。
「ネイティブアメリカンのインディゴ染めやターコイズ・ジュエリー、サンドアートなど、彼らの生活を基盤にして生まれる美しい創作物に惹かれました。スウェーデンのサーミも、アイヌも、背景は少しずつ違っても、身近な自然の素材で生活に必要なものづくりをしている。そういうところに惹かれますね」
彼らは皆、自分たちの生活を守り生かしてくれるのは、そこにある自然だと知っている。だから、恵みの素材に祈り、感謝して敬う。それは手仕事の素材に限ったことではない。時代が変わって暮らしが近代化した今も、山から水を引いたり、薪ストーブを使ったり、美和子さんの家でもできる限り、自然に寄り添う暮らしを選んでいる。それらはすべて、彼らが受け継いできた、大地と共生するための知恵なのだ。
「ものづくりに関して、自分には “こうすべきだ” という結論やまとめはすぐにはできないけれど、自然と共存する彼らの創作と向き合えたこと自体が勉強になりました。スウェーデンと北海道は同じ北国ということもあって、気候もそうですが、ヤナギや白樺など育つ植物も似ているがえし、それ以外にも、狩りをする文化があったりと、共通項が多くて親近感が湧きました。似ているからこそ逆に、細かく違う部分もより際立って感じられて新鮮でした」
朝、誰もいない支笏湖の湖畔に降りてみる。ところどころ凍った湖、ポタポタと音を鳴らす氷柱にカメラを向けて、時おりスウェーデンを懐かしんだり。昨日降った雪が解けてゆく、しんとした幻想的な風景。湖には、北海道にしかいない野鳥、シマエナガも生息している。
「支笏湖の透明な湖には、自分がいつも素材としている、クリアガラスの美しさや魅力を改めて感じました。水も透明、ガラスも透明、素敵!って。でも、それは純粋な感動であって、この湖の氷や水をイメージして作品を作る、というように創作に還元されることはないんです。なぜなら自分はいつも、日常で必要とされる “行為” に基づいたものづくりを大切にしているから。必要とされる “行為” は、それぞれの生活や文化圏によっても変わるし、そこにある素材や、手の大きさひとつさえ、つくるものに必然的に影響を及ぼすものだと思うんです。それがアイヌの生活や文化圏なら、どんなものづくりになるんだろうって。スウェーデンにいたら出会えなかった境遇の方たちとお話しできたことは、かけがえのない経験になりました」