日本ではいま、単身世帯が26.9%、「核家族世帯」が60%を超えている(平成30年度発表、平成28年度厚生労働省国民生活基礎調査より)。三世代同居となるとわずか5.9%だ。元フジテレビアナウンサーで、現在はフリーアナウンサーとして活躍する中村江里子さんは、三世代どころか、江里子さんが高校1年生まで四世代が同居する大家族だった。エッセイ集『女四世代、ひとつ屋根の下』より、大家族で暮らすとはどういうことなのか、そして自然に学んだことは何かを抜粋、デジタルメディア初披露する。

母方四世代の同居

生まれてからパリに行くまで、30年以上、家族と一緒に暮らしてきました。

子どもの頃の家族構成は、曽祖母、祖母、両親、そして、1歳8ヵ月下の妹と5歳下の弟との7人家族。少子化、核家族化が急速に進むいまの世の中では、大家族ですよね。
 
住宅街に戦前からある家の居間に、自然と家族みんなが集まります。集まるといっても、特別なことをするわけではありません。曽祖母と祖母がテレビを見ていて、母はキッチンで夕食の支度をしている。子どもたちは宿題をしたり、遊んだりと、みんな思い思いのことをしているのですが、温かな空気が流れていました。

お酒を飲んで、ほろ酔いで帰ってきた父が、ソファでうたた寝をしているのを見て、

「まったくもう、パパは!」

と、母と笑い合うこともありました。

居間と和室はつながっていて、和室に置いているベッドでは曽祖母が寝ていました。曽祖母はわたしが高校一年生のときに亡くなりましたが、心臓を悪くして、外出出来なくなってからは祖母が近くに寝ていました。

マスオさんを選択した父

でもわたしの人生最初の記憶はバンコクなのです!

わたしが2歳になるかならないかの頃、商社に勤めていた父に、海外赴任の話が持ち上がりました。ニューヨークに行くかバンコクに行くかの選択でしたが、父はバンコクを選びました。

タイのバンコクにて 写真提供/中村江里子

母には兄弟はいません(姉がいたのですが、母が生まれる前に亡くなっています)。父が海外に赴任するということは、年老いた曽祖母と祖母のふたりを、女性だけで東京の家に残していくということになります。
 
祖母は元気でしたが、曽祖母は心臓の病気もあって、当時、もう外に出ることも少なくなっていました。そんな状況を考慮し、何かあればすぐに日本に帰ることができるように、東京に近いバンコクを選んだと聞いています。
 
子どもの頃、その話を聞き、「さすがパパ、かっこいい!」とわたしのなかでは大好きな父の株がさらに上がったのですが、最近その話になったとき、母がこのことをすっかり忘れていて、びっくり!!

結婚後、母の実家――つまりわたしが生まれ育った家に同居することも、父自身が言いだしたことだと聞いています。もちろんマイナス面だけでなく、同居することで父が助かる点も多々あったと思いますが、父はそういう「いい部分」を見つけるのがとても上手な人でもありました。