コスメ業界を一変させる大発見をした名研究員に訊く「美白の科学」

美白のカリスマ研究員がキャリアを語る
リケラボ プロフィール

医科学研究科で、ミトコンドリアの遺伝子変異について研究をしていました。ミトコンドリアは細胞に数百から数千個ある、エネルギーの発電所のようなものです。ミトコンドリアのなかにもたくさんのDNAがあって、変異の割合が高まると病気につながります。

そこで、どれくらい変異すると、どのような現象が起きて症状が出るのかということを研究していました。周りは、製薬会社さんに行く人や、そのまま博士課程に進む人が多かったですね。

──製薬会社や博士課程に進む人たちに囲まれながらも、本川さんが化粧品メーカーで働こうと考えたのはどうしてですか?

私としては、業界を絞らずに「理系の知識を活かせる楽しい職に就きたい」という気持ちでした。そのため、ビールメーカーさんや食品メーカーさん、あとは知識を活かして発信するという意味で、新聞社やマスコミ会社さんなどへの就職も考えていたんですよ。

──そこまで選択肢を広げるのって、普通はなかなか勇気がいることだと思います。本川さんはどうしてそんなに幅広く考えられたのでしょう?

先ほどお話したモチベーションの話にも通じますが、当時から「新しい驚きを生み出したい」という思いが強かったので、仕事はそのための手段だと考えていました。だから、知識を活かして新しく何かを発信できるのなら、どんな形でも楽しくやっていけるだろうなと。

選択肢を絞りすぎて、自分の可能性を狭めてしまうのもすごくもったいないと思っていたんです。ポーラ化成工業が一番に内定を出してくれたので、これも縁だと思って入社させてもらいました。

ポーラ化粧品

──大学院に進む前は、どんな学生生活を送っていましたか?

あんまり……真面目な学生ではなかったですね……(笑)。大学では農学部に所属していました。当時はバイオテクノロジーがブームになっていたころで、「技術で一気に世界を変えられるんだ」とワクワクして入ったんです。

でも、いざ大学に通いはじめると、最先端の技術よりも、現実的な身のまわりのことを学ぶ講義が多かった。今となっては、それももちろん大切な授業だとわかるのですが、当時は若かったので理想とのギャップを感じてしまいました。それであまり真剣になれなくて……。

でも、研究室に入ってからは楽しかったですよ。遅くまで研究室にこもって、深夜のハイテンションのなか実験をしたり(笑)。

──医科学研究科の大学院に進もうと思ったのはどうしてだったのでしょう?

正直なところ、「医学の研究で病気の解明とかに携われたらかっこいいな」というような、単純な理由だったと思います(笑)。

ただ、入ることをほぼ想定していなかった、第三希望の研究室に配属されたんです。実際に入ってみたらとても魅力的な研究をしていることに気がつき、一生懸命取り組めたのでよかったのですが……。

こんなふうに、学生時代は思い通りにいかないことが多かったですね。だからこそ、今はやりたいことをできる喜びやありがたさを感じています。

子どものころから驚かせるのが大好き

──子どものころから、もともと理系の科目が得意だったり、興味があったのでしょうか?

子どものころから自然科学が好きだったように思います。原点になっているのは、小学生のときに望遠鏡を買ってもらったこと。それから夜になると夢中になって星を見ていました。

あるとき、本を読んでもどうしてもわからないことが出てきて、地元の、天文台を保有しているアマチュアの天文家さんのところに聞きに行ったことがあります。すると、親切にいろいろと教えてくれたんです。このときの感動が、「熱意があれば伝わる」という原体験となって、異分野の先生に教えを乞うときにも活かされたと感じています。

──ちなみに、小学生のころはどんな子どもだったのですか?

星のほかにもうひとつ、手品で人を驚かせるのが好きで……。あ、今思えば「驚かせたい」というのはこのころから持っていることかもしれません。手品は不思議でびっくりするけれど、必ずタネが存在するという理論的な面もあります。

理論と驚きがリンクするという部分では、研究にも似ているところがあるかもしれませんね。