あるもので作る「工夫」

フランスにはコンビニはない。それでも別に困らない。あるから慣れてしまうだけで、わが国にも昔はコンビニなんてなかったのだから。

以前、コンビニがこの世に存在していなかったころ、私たちはもっと買い物に真剣だった。スーパーに行く前にはその日に買うモノを確認し、メモ帳に書いたものだ。仕事帰り、閉店時間に間に合わないといけないので、そそくさと道を急いだものだった。モノがなかったら、夕食の献立が成り立たなかったからだ。ところがどうだろう。深夜、冷たい蛍光灯の光を目指せば、とりあえず空腹をしのぐだけの食べ物はあるし、新着の月刊誌も週刊誌も見ることができる。

だが、ちょっと考えてみよう。モノがなくては困るという危機感と引き換えに、いつの間にか私たちは、なければないなりにどうにかなっていたモノまで、コンビニで買ってしまっているのではないだろうか。工夫とか工面という単語の出番が、現代人の語彙から姿を消す日もそう先ではないにちがいない。

「便利」の頂点にいる日本

便利さということだけで世界を見回すと、わが国はまちがいなくピラミッドの頂点に君臨している。すでに私たちの記憶の隅に追いやられてしまっている、ワールドカップ日本代表監督をしていたフランス人のトルシエが日本を離れる前、こんなことをいっていた。コンビニが日本の若者をダメにすると。およそ人気のない監督だったが、その一言を聞いて私は、彼は日本人の一面をよく見ていると思った。フランス人のトルシエにとってコンビニは、日本社会の元凶のようにうつっていたようだ。

私にはコンビニが、食欲旺盛な夜行性動物のように感じられることがある。それは私たちの日々の生活の中の楽しみの部分ばかりを狙って食べている、かわいい夜行性動物。日々の生活の中の創意工夫という、私たちがタダで味わうことができる楽しみを、コンビニが奪ってしまっているともいえるのだから。

時には、あり合わせの材料で、オムライスを作る決心をする。卵とケチャップ、それと豚肉でも鶏肉でもハムでもいい、冷蔵庫に残っている肉類がほんの少しだけあればいい。フライパンで残りご飯を具と炒めてケチャップをまぶし、大きなお皿の上で船形に整形。フライパンでレアーに焼いた卵をヒョイとケチャップライスにのせて包めばできあがり。コンビニを往復するより早く、たったの10分でできあがる。勤務時間内のランチならコンビニ弁当も仕方がないが、自分で作れば追加のお金ゼロで美味しいオムライスができる。

人間の食べる楽しみを大切にするためにも、作って食べる、を一度やってみても、楽しいかもしれない。

レストランのような美しさでなくてもいい。自分でやってみると、「作って食べる楽しみ」を知ることもできる。ありあわせの材料すらない、という人は、安い食材だけでも手に入れてみるといい Photo by iStock

24時間営業のお店が開いていることで、夜中に助かる人もいるだろう。でも、それによって、寝ないで働いている誰かがいることも忘れてはならない。便利であることは素晴らしいけれど、身体を壊してしまっては元も子もない。フランス人たちは、コンビニエンストアがなくてもちゃんと生活しているのだから。
 

日本が大好きだから、そしてフランスも大好きだから、そのいい所を思う存分真似したら、もっと幸せになるんじゃない? 底抜けに明るく優しく、かつ鋭い視点をもつ吉村葉子さんが20年間のフランス生活を振り返ってまとめたエッセイ集。考え方ひとつで不幸だと思っていたことも幸せになるし、人生は楽しくなる! その中から厳選したエッセイを特別に今後も限定公開予定。お楽しみに!