便利だけど他のものまで買ってない?

お大根が美味しく煮えた、冷奴のお豆腐を切った、買ってきたお刺身をお皿に盛った、お吸い物もできたし、……わさびがない! ちょっとコンビニにいって、わさび買ってくる!

夕飯の仕度をしていて足りないモノがあるからと、エプロンを外してお財布だけを手に家を飛び出す。暗いからいいや、だれにも会わないといいな、なんて思いながら早足でコンビニに着くと、そこは煌々と蛍光灯に照らされた白昼。コンビニをもっとも利用している層はティーンエージャーだそうだが、オタスケマン代わりにしているのは、世の主婦たち。商品のクオリティーは劣るし種類は少ないけど、困ったときのコンビニだのみというわけである。

ところが、買いそこなったわさびや、買い置きを切らしていたファックス用紙を調達するにはいいが、それでは商売は成り立たない。よくよく見ると、コンビニは私たちの購買欲を最大限に喚起する仕組みになっている。今、なにが売れているかを、コンビニの陳列棚が教えてくれるのである。つまり、買いたくなかったモノまで買ってしまうという、便利だけど無駄遣いを奨励する、コンビニは両刃の剣にちがいない。

寿司、そば、うどんにカレーライス、オムライスなど、なんでもそろうコンビニ弁当。きんぴらごぼうにかぼちゃの煮たのやお芋の煮っころがし。ひじきの煮たのまであり、小さなプラスチック容器に入ったお袋の味もどっさりだ。お煎餅、ピーナツ、ビスケットにクッキーなどの一人用の食べきりおやつ。それだけを見ればどれも100円前後で、決して高くはない。

コンビニは便利だ。そして楽しい。すごいサービスだ。それは間違いないのだけれど Photo by iStock

だが、待てよ。パッケージの中身は一人分、一回分。その場限りのモノばかり。洋服にはトータル・コーディネートとか、着まわしという言葉がある。シーズンを先取りしたファッション誌がこぞって、この一着でパーティーも通勤もオールマイティーをうたっているというのに、コンビニの食料品ばかりがその場限りなのはどこかおかしい。

使い捨てという言葉はきらいだ。コンビニに助けられることもあるが、どこか使い捨ての感覚に似ている。食事の献立を考えて買い物に出たら、買い忘れがないように、もっとスーパーの買い物かごの中身に気を配ればいい。心のどこかに芽生えてしまったコンビニ依存症のせいで、私たちの日常の中にあった緊張感がそがれてしまったようだ。