文在寅政権を理解するために知るべき韓国の「歴史的高揚感」の実態

その主観的世界の中で日本は軽いものに
木村 幹 プロフィール

半島情勢の「ドライバーズシート」

とはいえ、このような韓国の雰囲気は我々には少し不思議に見える。なぜならば、米朝協議の主体はいうまでもなく、アメリカと北朝鮮の両国であり、韓国はこれに直接参加する事など出来ないからである。

韓国の人々が、その協議に自らの努力の結果を投影して理解した背景には、理由があった。

この点を理解する為には、文在寅政権が成立した2017年春の時点まで遡らねばならない。

 

当時は北朝鮮が頻繁な核兵器や弾道ミサイルの実験を繰り返した時期であり、北朝鮮を巡る国際環境は極めて緊迫した状態にあった。

同じ年の1月には、前年の大統領選挙にて当選したトランプが米大統領に就任し、新大統領は北朝鮮への武力行使の可能性すら、ちらつかせていた。

このような状況の中、文在寅政権が唱えたのが「ドライバーズシート論」という考え方である。

彼らはいう。朝鮮半島問題を1つの自動車に例えてみよう。この自動車にはこの問題に関わる国々、つまり、アメリカや中国、さらには日本やロシア、そしてもちろん、南北朝鮮の2ヵ国が乗っている。

しかしながら、ドライバーズシートは1つであり、全ての国が自由に自らの望む行き先へとこの自動車を導ける訳ではない。

そして、これまでこの朝鮮半島問題という自動車のドライバーズシートに座っていたのは、アメリカや中国という大国であり、本来の当事者である筈の南北朝鮮両国は後部座席に乗せられ、運ばれるままの状態だった。

だからこそ、重要なのはこの自動車がどこに行くかを決める事よりも、まずは当事者たる朝鮮半島の国々、とりわけ韓国がドライバーズシートに座る事である。そしてこの自動車がどこに行くべきか、は、その後、朝鮮半島の南北の人々が自由に議論して決めればよい、と。

重要なのは、文在寅政権のみならず、多くの人たちが自らの住む朝鮮半島を巡る問題であるにもかかわらず、自らの存在をあたかも無視したかのように、北朝鮮と周辺国が事態を進める事に対する強い不安と不満を有していた事である。

その意味で文在寅政権が唱えた「ドライバーズシート論」は、単に「左派」文在寅政権がそのイデオロギーに沿って作り上げたものではなく、このような、イデオロギー的差異を超えた、多くの韓国の人々の感情を基礎としたものだった、と言える。