2019.04.01
# コミュニケーション

場の「空気」に支配されないためには「黙り方」こそが重要だ

「お約束」を問い直す方法
荒木 優太 プロフィール

戦前は天皇万歳と言わないと村八分にされたのに、戦後は民主主義最高と言わなければKY扱い、内容が百八十度変わっても排他的なのは変わらない。

空気を読まない(読めないのではなく、読まない)コミュニケーション強者が理路整然とした主張で場の主導権を取り返しても、今度は彼を中心にした阿吽の呼吸が場を支配している。彼が合理的だったり論理的だったりする保証はどこにあるというのか。水が蒸発して新しい空気になっている。

〔PHOTO〕iStock

日本語では「霊」(精神)と訳されるギリシャ語のプネウマの原義が〈息〉や〈空気〉であることを山本が指摘するとき、空気次第では一方の主張から他方の極の主張へと移り変わることさえできる、寄る辺ない人間のもつ本性的な弱々しさを確かに洞察することができる。

文脈は言葉を省略する

なぜこれほどまでに空気支配は強力なのか。おそらくそれは人間が言葉をそれ単体で受け取らずに、言葉の裏にある言葉を補完しながら、コミュニケーションを続行してしまう癖をもっているからだ。

言い換えれば、ある文(テクスト)は必ずやそれに先行する文脈(コンテクスト)によって方向づけられている。空気のなかで生じる磁場とは、すでに過ぎ去ってどこかに蓄積されているかもしれない(ともしかしたら信じているだけかもしれない)言葉の束の偏り、これによる歪みのことにほかならない。

 

文脈とは明示的な言葉を削いでも通用する言葉の縮減=節約の力だ。文脈が優位に立つ世界ではたったの一語や二語に種々の前史が折り畳まれている。流れを共有していれば、それぞれが適切な広げ方を知っているためコミュニケーションの円滑化に役立つが、共有していなければチンプンカンプン、まるで暗号が取り交わされているかのような印象をもつに違いない。

たとえば、筆者は普段は清掃の仕事に従事しているのだが、職場で「今度の土曜アライだから」と聞けば、月一回の共有部のポリシャー(輪になったタワシを高速回転して洗浄する機械)がけ、これに付随する洗剤の散布やモップがけやワックスがけといった一連の作業の含意を読みとることができる。

さらに「ハクリも」と聞こえれば、剥離剤によって古い層のワックスを落として、さらにはポリシャーが届かない隅っこをタワシでじかに擦り、ワックスを三回ほど重ねがけするといった工程を想起できる。こういったことは実際に現場で働かなければ習得できないナマの言語体系だ。一語に多くの動作や命令やイメージが規則立って詰め込まれている。

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