アフリカのテレビ局「王国テレビ」が教える日本人のテレビ離れの理由

元NHKディレクターの気づき
小野洋文

日本のテレビが失った原点

おそらく、現在進行形に発展の途中にあるこの国で、そして今まで遅れていた僻地の村落において、「村にも診療所がある」ということそのものが、発展の証しで、ぜひ紹介するべきトピックだったのではないか、ということだ。

カメルーンは近代化のただ中にいる。

つい日本人の自分には、村に診療所があることは当たり前と思っていた。その後も、いろんなところに取材に行くと、やれ「新しい公民館ができた」だの、「ここにも診療所ができた」だの、「ライオンズクラブの主催で糖尿病の集団検診がおこなわれた」などのトピックがものすごく多い。

だから、想像するに、たった数年前まで、この村には診療所がなかったんだろう。それが今では、立派とも言えないけど、どうにかこうにか「この村にも診療所ができました」ということは、やはり伝えるに値するものだったんだろうな、ということに気が付いたのだった。

それは、まさに「ドキュメンタリー」そのものだった。事前に台本を準備したり、インタビューを誘導して、制作者に都合のよい台詞を言わせ、予定調和で終わらせる日本の「ドキュメンタリー」よりも。

結局、キャスター氏の頭の中には何もなかったのだが、この診療所は当然撮るべきで、意義のあることだという考えは当たり前のようにあった。

あまりに当たり前すぎて、説明する必要もないことだったのだ。そして、地球の裏側から来た日本人にとっては、それが分からなかった。

冒頭に「アフリカで動物の番組が好まれるか?」という問いがあった。

結論を言うと、自分の暮らしていた範囲で「動物の番組はなく」、さらに「動物の番組を作る発想がそもそもない」。見る人のニーズにない、というシンプルな理由である。

おそらくわれわれ日本人が「動物番組」と言うとき無意識に期待している趣向は、“失われつつあるネイチャーを愛でる”ことであるだろう。

反実仮想的に、私たちの身の回りにないものを、理想として求めて楽しむことが「動物番組」に含まれている本質的な意味のように思う。しかしそれは、ずいぶん都会的で衣食住も足りた先進国の人の考えだ。

実際にアフリカ「バムン王国」あたりでは、まだまだ自然も残っているし、牛や羊の群れが牧夫に連れられ道路を横断していたりもする。わざわざ動物の生態や、動物をハンティングしている様子を、虚構のテレビで見る必要性がないのだった。

冒頭の“激レア”番組で、「自然に囲まれているアフリカ人は、きっと動物や野生に親しみを持つだろう」と担当者が考えたことは、何も特別なことではなく、私たちは誰しもこういう思考になりがちだ。

しかし実際の現場で、「王国テレビ」の仕事ぶりを見ていると、今の日本のテレビ放送が失った原点を思い出させてくれるかのようである。

アフリカを未開な文化としてとらえてしまっては、現地の人が持っている価値に気がつくことができない。「王国テレビ」は一見、メチャクチャな放送を連発していたが、メディアの歴史や機能と照らし合わせながら振り返って見ると、意外に気がつくことは多い。

アフリカに引き寄せられる人は、どこかアフリカの潜在力を感じているのだろう。自分もそうだ。日本とアフリカの環境が違うとしても、そこから見つけられる教訓があるのである。

「王国テレビ」エースディレクター時代の筆者
小野洋文(おの・ひろふみ)  映像プロデューサー。1974年生まれ。大学卒業後NHKエデュケーショナルに入社し『おかあさんといっしょ』『生活ほっとモーニング』などの番組ディレクター、プロデューサー。2013年7月より青年海外協力隊に参加し、カメルーン国にて番組制作職。帰国後、名古屋大学大学院国際言語文化研究科博士前期過程を修了(メディア論)。学術修士。明星大学、名城大学の講師を経て、現在はミャンマー国の放送局にて番組制作プロデューサー。