中央がバムン王国の国王。テレビ局を作った人

アフリカのテレビ局「王国テレビ」が教える日本人のテレビ離れの理由

元NHKディレクターの気づき
これが「王国テレビ」のスタジオ

「アフリカのテレビ局で働いてきた“激レア”なヤツがいるらしい」という噂を聞きつけて、テレビ番組が取材にやってきた。

これは、人生で珍体験をした“激レア”な人物をスタジオに招き、冒険譚や失敗談を面白おかしく聞こうという、バラエティ番組である。

確かに自分は、アフリカのバムン王国「王国テレビ」に2年間勤め、2015年に帰国した。JICA(国際協力機構)の協力隊ボランティアを聞いたことがある人もいると思うが、その任務で「王国テレビ」の制作能力向上を目的として働いていたのだ。

「バムン王国どこだよ!?」という人が大半だろうが、近代国家カメルーンの中に残る古い「王国」である。すでに行政的な実権はないものの、今も王室が伝統勢力として残っていて、地域の人々に大きな影響を与えている。

そして今も19代目の王がおり、王室の発意で2011年に「王国テレビ」はできた。

「王国テレビ」の人気番組は?

“激レア”番組の担当者が、ニコニコと満面の笑顔でやってきた。

「いやー、アフリカのテレビ局って何が人気あるんですか?やっぱ動物とかですか?」と聞かれて、すぐには意味が分からなかった。

よくよく聞くと、「動物を狩りでハンティングしているような映像が好まれるんじゃないか」という趣旨のようだった。さらに、ふんどし一丁で狩りをしている映像でもあれば、絵的にテレビ映えして都合がいい、というわけである。

どんだけ未開だ。

もし、テレビを見る人たちに動物の映像を見たいニーズがあり、テレビ局がそれに応えて動物番組が人気だとしたら、めでたしめでたしである。しかし、実際そうはいかない。

アフリカ「王国テレビ」の番組は、実にメチャクチャなのであった。

およそ、「テレビ番組」というにふさわしくない映像コンテンツが、朝から晩まで垂れ流され続けている。

一番びっくりしたのは、「時間の考え方」だった。

番組は、「始まれば始まり、終われば終わる」。 なにやら“柳に風”とでもいった自然体の剣術の流儀のようだが、まさに自然体である。

私たち日本のテレビ番組なら、通常始めるには「いついつに始める」と開始時間をあらかじめ決めた上、相応に準備をしてから、始める。そして予定通りの内容を順序よく終えて、終わるべくして、終わる。

しかし「王国テレビ」はそうは行かない。たとえばスタジオ生番組の場合、番組表の時間通りに始まった試しがない。キャスターが来ないのだ。その間の放送は、ミュージッククリップを音楽専門チャンネルのように、延々と流しておく。

ようやくキャスターが来て「今日は何々の話をしようかな」などと言うと、スタッフはそれに合わせ事前に撮影していた取材VTRを探してきて、準備する。そうして音楽クリップのキリのよいところで映像をスタジオに切り替えて、始まるのである。

終わるときも、時間で終わるというよりも、話題がなくなって「だいたいこんなところかな」という塩梅で終わるので、長いことも短いこともある。

視聴者からの電話メッセージを受けていても、興が乗れば長いし、そうでなければ短い。たいへん自然体である。

「時間」という概念によって、生活が縛られたり区切られたりすることがないという、アフリカの時間の捉え方そのままだと言える。

もう一つ例を出そう。

外で取材して撮影してきた映像は、ほとんど編集なしに、そのまま放送に流す。撮影したものが長かったならば、いくらでも長く放送し、短ければ短い。VTRを見ていると、冗長な部分をカットして、編集しようなどという兆候がない。放送用に短く編集するという気の利いた概念が、それほど発達していないように思われた。

どうやらリアルに現場で起こったことは、そのまま放送する。というポリシーのようだ。いや、ポリシーなどというのでなく、それが現地の人たちの体感覚なのだろうと思う。日本からやってきた人間にとって、それは全く奇異なことに見えた。