# 経営者

ゴーンもかつてそうだった…組織のトップは概ね「ゴマすり屋」である

プーチン、ノリエガ、豊臣秀吉……
大原 浩 プロフィール

独裁者は自分がやってきたことを部下に求める

世界を見まわしたときに「ゴマすり」として突出しているのが、ウラジミール・プーチンである。

2000年の第2代ロシア大統領就任以来約20年間もロシアの実質的独裁者として君臨してきたので、一般的には「ゴマすり」よりも強面(こわもて)の印象が強いはずだ。

しかし、プーチン氏は元KGBとはいえ、事実上の事務職・書類整理係で、赴任した東ドイツの支局も閉職である。

考えてみれば当然なのだが、冷戦時代のソ連諜報戦の表舞台は、米国や欧州であり、当時ロシア国内も同然の東ドイツには、国際諜報戦略に関わる重要な仕事はまったく無かった。

ただ、当時から「言われたことを忠実にこなす誠実な部下」であるという評判は高かったようだ。

ベルリンの壁崩壊後、ソ連に戻ったが、そのソ連も崩壊してしまう。ロシアになってから、ボリス・エリツィンの配下で頭角を現し、ついには彼の後継者となった。

これは当時、「忠犬だが大した能力は無い」と評価されていたプーチン氏にとっては大抜擢である。KGB時代に収集したエリツィン氏に関する秘密情報を握っていたと噂されるが、当時「弾劾問題」で窮地に立たされていたエリツィン氏が、「「忠犬だが大した能力は無い」プーチン氏であれば、自分を安らかに引退させてくれるであろう」と考えた可能性が高い。

 

また、パナマの独裁者として有名なマヌエル・ノリエガ将軍(最高司令官)もゴマすりの典型であろう。元々、パナマの国民的英雄オマル・トリホスの忠実な部下として頭角を現した。政権の暗部でもある諜報機関(G2、訓練は米国・CIAが行っていた)の責任者を務め、親分であるトリホスの言うことには、何でもイエスと答え果敢に実行し、政権維持に多大な貢献をした。

しかし、実はその間もCIAをはじめとする海外の諜報機関の二重スパイの役割も果たしており、手にした秘密情報によってオマル・トリホスを脅かす存在となった。

オマル・トリホスは1981年に飛行機事故で死亡し、その後任としてマヌエル・ノリエガが権力を掌握したのだが、この飛行機事故はノリエガ氏やCIAの陰謀であると信じられている。

その後もしばらくは、CIAとのつながりが続いたので、ノリエガ氏は、自分の上司であるトリホス氏とCIAの両方にゴマをすっていたわけである。

しかし、結局は麻薬密売を派手にやりすぎたせいで、米国も放置できなくなり、ブッシュ大統領によるアメリカ軍のパナマ侵攻の際に拘束されることとなった。

プーチン氏はいまだ権力を握っているが、上司にだけゴマをする独裁者の末路は哀れだといえる。

上司にだけゴマをする人間が、苛烈な独裁者になりがちなのは、自分がしたことを他人にも当たり前のように要求するからである。

木下藤吉郎が自らの意志で、懐で上司のわらじを温めるのは問題ないが、上司である織田信長が部下に強要するのは、現代で言えばパワー・ハラスメントである。

晩年は路線を踏み違えたとはいえ、「部下にもゴマをする」豊臣秀吉は偉大であったと、太閤ファンの一人として感じる。