2019.04.15
# 趣味・芸術・スポーツ

「沙知代、お前は幸せだったか…?」妻に捧げるノムさんの愛惜の想い

「大丈夫よ」と妻は言った…
野村 克也 プロフィール

突然訪れた沙知代との別れ

ところが、その「万が一」が起きた。

万が一に備えてと言いながら、その万が一を常日頃から想定している人間など、そういるものではない。私もそうだった。あまりに突然の出来事に、心ががらんどうになった。

 

その状態は今も変わらない。

失ってみて初めてその存在の大きさがわかるとよく言うが、まさに私がそうだった。誰もいない家へ帰るたびに、心に穴が開いたままであることに気づかされる。

たとえば、がんで亡くなったのなら、こうはならなかったのではないか。余命いくばくもないと宣告されてからの日々を、これまで言いたくても言えなかったことなどを語り合いつつ、2人で劇的に演出することもできたかもしれない。

心の準備ができ、涙を流すこともあったかもしれない。

そして、その涙が、心の穴を埋めてくれたかもしれない。

それに比べ、今回のケースは、たった5分の出来事である。

2時間楽しむつもりだった映画の主人公が上映開始からわずか5分で亡くなり完結してしまったようなものである。未だに悪い冗談のようにしか思えないのだ。

私は沙知代との思い出を『ありがとうを言えなくて』という1冊の本にまとめた。

沙知代とのことをここまで赤裸々に書くのは、おそらくこれが最初で最後だろう。

亡くなった日の朝、こんなことがあった。

明け方、沙知代が「手を握って」と言った。

妻お気に入りの、アメリカ映画に出てくるようなキングサイズベッドの中だ。

沙知代と付き合い始めてから50年近く経つが、そんなしおらしいセリフを言ったのは初めてのことだった。

私たちは手をつないで歩いたことさえない。

言われた通り手を握ってやった。こんなに小さな手をしていたのかと、少し驚いた。そして、もうくしゅくしゅだった。

今にして思えば、何かを予感していたのかもしれないし、単なる偶然だったのかもしれない。

冷酷な人間だと思われるかもしれないが、沙知代が亡くなって1年以上経過した今も涙を流したことがない。お袋が死んだときは、あんなに涙が出たんだがな。違いは何なのだろうと思う。

私は心が壊れてしまったのだろうか。

大丈夫よ、か。

沙知代は今際の際まで、強気な女だった。

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