絶対ない、とは言いきれない…「超愛国的」元号候補を考えてみた

「愛国」「八紘一宇」…
辻田 真佐憲 プロフィール

国会議員も森友学園も引きつける「八紘一宇」

2015年、自民党の三原じゅん子参院議員は、国会で突如として「八紘一宇」の意義を語り、あの麻生太郎副首相をして困惑せしめた。この「八紘一宇」も、同じ『日本書紀』が出典である。

それによれば、初代の神武天皇は、現在の奈良県・橿原で即位するにあたり、詔を発した。そのなかにつぎのような一節があった。

「然後、兼六合以開都、掩八紘而為宇、不亦可乎」(然して後に、六合を兼ねて都を開き、八紘[あめのした]を掩[おほ]ひて宇[いへ]にせむこと、亦可からずや)。

「その後国中を一つにして都を開き、天の下を掩いて一つの家とすることは、また良いことではないか」(宇治谷孟訳)。

よくみればわかるように、原文は「八紘(…)為宇」であり、「八紘一宇」はここから大正時代に造語されたものだった。それが、1940年第二次近衛文麿内閣のとき「皇国の国是」と定められ、戦時下のスローガンとなった。

「全世界をひとつの家にする」。いい内容じゃないかと思うかもしれないが、これはあくまで、「天皇の下で」との前提がつく点に注意しなければならない。たんに「人類みな兄弟」という意味ではない。

ちなみに、いまや旧聞に属するけれども、森友学園の幼稚園で歌われていた軍歌「愛国行進曲」には「往け八紘を宇となし」との一節があった。これは、もちろん「八紘為宇」から取られたものだった。

このように神武天皇の詔は一部の界隈でたいへん愛されている。元号としては「八紘為宇」の4字をそのまま使うことはできないから、その前後などから文字を取ることが考えられるだろう。

 

「天壌無窮の神勅」、あるいは中二病的な「天照」?

「八紘一宇」とくれば、「天壌無窮の神勅」にも触れないわけにはいかない。瓊々杵尊(ににぎのみこと)が地上に降臨するにあたって、祖母の天照大神より与えられた言葉がそれである。

やはり『日本書紀』が出典になっている。これは短いので全文を引く。

「葦原千五百秋之瑞穂国、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。宝祚之隆、当与天壌無窮者矣」(葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治せ。行矣[さきくませ]。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ)。

「葦原の千五百秋の瑞穂の国は、わが子孫が王たるべき国である。皇孫のあなたがいって治めなさい。さあ、行きなさい。宝祚(あまつひつぎ)の栄えることは、天地と共に窮まりないであろう」(宇治谷孟訳)。

天照大神はここで、瓊々杵尊の子孫によって地上が永遠に統治されるだろうと述べた。瓊々杵尊の曾孫は、神武天皇だ。そのため神勅は、天皇家による日本統治の根拠として解釈された。

だからこそ、文部省編の『国体の本義』(1937年)では、「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ」と高らかに表明されたのである。

なお、「天壌無窮」という言葉は、「教育勅語」(1890年)にも「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」とのかたちで引かれている。「天壌無窮の神勅」も、やはり「愛国者」が愛してやまない言葉なのだ。

元号として「天壌無窮」の4字は使えないので、周囲の文字などを取って、「就治」「宝隆」などが考えられる。あるいは、神の名前を取って「天照」というものもあるかもしれない。かなり中二病くさいが。