なぜ、島耕作は台湾に行ったのか?弘兼憲史さんに聞いた

「島耕作」台湾編刊行インタビュー 
野嶋 剛 プロフィール

「介護 島耕作」…!?

野嶋:島耕作はいま会長ですが、このシリーズ、会長を引退しても続くのですか。

弘兼:「会長 島耕作」はもうしばらく続くでしょうね。名誉会長みたいなものもあるかもしれません。「介護 島耕作」とか、「病院 島耕作」とか、考えないことはないですが、自分で経験していないと描けない。自分が介護を受けるようになったら描けるかもしれませんね。

野嶋:日本に長寿漫画は多いですが、それにしても異色です。

弘兼:長期なものではほかにも「ゴルゴ13」がありますが、主人公が歳を取らない。キャラクターの年齢が増えていく漫画はほとんどありませんね。連載のタイトルがどんどん変わっていくものも珍しい。

登場人物の年齢が若くなったりするのはスターウオーズ方式ですね。ダースベーダーがなぜ生まれたか、みたいな。島耕作の大学生編は描きましたが、さすがに中学生、小学生は難しいかも。でも、高校生は読み切りで2回だけやりました。

 

野嶋:島耕作という作品は弘兼さんにとって特別なものですか?

弘兼:自分の人生のアルバムのようなものです。写真を残さない主義なので、あのとき、何をしていたかという記憶は、島耕作を読めば思い出せます。

筆者撮影

野嶋:漫画という表現形式は、今後どうなっていくのでしょう。

弘兼:台湾などでは、漫画は子供が読むもの、という意識がありますが、日本はそうではありません。実際、島耕作は、社会人でないと面白く読めない漫画です。米国は完全に子供向けですが、フランスには大人向けもありますね。

私は映画が大好きで、もともと映画監督もやりたかったんです。映画は総合芸術。でも、漫画もそうなんです。脚本も作画も自分でやり、登場人物たちを動かして、演技指導もする。全部一人でやります。ないのは音楽だけですよ。でもそれも電子媒体で読まれるようになったのでこれからは音がつくかもしれません。

野嶋:死ぬまで書き続けますか。いまは71歳。リタイアは考えていませんか。

弘兼:自分がガンになって手が動かなくなるまで書きたいですね。島耕作の結末も考えていません。自分も同様です。定年もないし、いちばん好きなことをやって生きているので、この仕事は手放さないですね。ただ最近、目が見えにくくなっているとか体力も落ちているので、昔のように何十時間も書くという馬力はないですね。

野嶋:漫画の作者は週刊連載などを持っていると過酷な毎日になり、体を壊す人も多いです。弘兼さんはどんな毎日を送っているのですか。

弘兼:私の毎日はだいたい規則正しくて、朝は9時過ぎに目覚めます。ゆっくり朝シャンプーなどしながら、10時ぐらいに喫茶店にいって、活字のエッセーも書いたり、漫画のネーム(絵コンテ)をやったりします。

午後1時ぐらいに仕事場にいって漫画をずっと描いて、夜の11時になるとアシスタントが帰宅しますが、私は夜中の2時ぐらいまで残っています。家に帰ると、晩酌をしながら、衛星放送で映画を見ます。それが毎日のリズムです。映画は漫画の参考になります。このシーンは「黄昏流星群」に使える、とかね。