このままでは死者1000万人の「耐性菌」を倒すウイルス治療法とは

「ファージ」注入で感染症が消滅した!
ローラン・ニアガード

「特に期待できる」とファウチ博士が言うのは、特定の細菌を狙って作用するように設計した、人工的な「モノクローナル抗体」だ。現在、肺炎を引き起こしかねない細菌が増えつつある人工呼吸器装着中の患者に対し、実験的な抗体を投与する研究が進んでいる。

ファージに耐性がついた菌には抗生物質が効く

バラサさんはバージニア州で、イェール大学のファージ治療実験のおかげで助かった別の嚢胞性線維症患者の話を聞き、自分も試したいと依頼してきた。嚢胞性線維症治療の最後の手段である、肺移植を先延ばしにしたかったからだ。

ファージが作用するしくみは、従来の抗生物質とはまったく異なる。

ウイルスであるファージは、寄生虫のように細菌の細胞内に入り込み、その細胞を使って自らを複製する。複製されたウイルスは、細菌を破壊して外に飛び出すと、さらに他の細菌を探す。感染症が消えると、ファージは死に絶える。

ファージの種類ごとに、特定の細菌だけを認識するため、抗生物質のように、消化管内の「善玉菌」まで全滅させることはないだろう。

イェール大学の進化生物学者ポール・ターナー教授によると、細菌は、抗生物質の場合と同じように、ファージから逃れるように進化するが、そのためには一般的には何かを犠牲にする必要がある。教授の説明によれば、抗生物質耐性の一部を失う場合があるという。

たとえば一部のファージは、細菌の表面にある抗生物質を外に排出するポンプによって、細菌の種類を見分けている。ファージがその細菌を殺すと、細菌は短時間で、表面のポンプをなくすように進化する。

その結果として、生き残った細菌には再び抗生物質が効くようになるはずだ。

「効果がなくなった手持ちの抗生物質がまた使えるようになる、ということです」(ターナー教授)

ウイルスを使った治療は成功するのか?

イェール大学での最初のテストケースは、移植した血管が治療不可能な緑膿菌に感染し、死に瀕していた82歳の男性で実施された。

チャン氏は、コネチカット州の湖から採取し、この患者の細菌に適合することがわかっていたファージを精製した。そして食品医薬品局(FDA)から緊急の承認を受けたうえで、医師たちがそのファージを患部に注入したところ、患者の感染症が消滅した。

次にファージ治療が行われたのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校だ。同大学の医師たちは、アシネトバクター・バウマニというスーパー耐性菌を標的とする数種類のファージを混合して、静脈に投与する方法を用いて、数カ月の昏睡状態にあった同僚医師を救った。

この後、どちらの大学にも、緊急治療を希望する医師や家族から電話がかかってくるようになった。

ただし、ファージの有用性を立証しようという正式な研究はまだ計画段階だ。

イェール大学の呼吸器科医ジョン・コフ博士は、「(ファージ治療には)とてつもないチャンスがある」としつつ、「同時に、適度に懐疑的な見方も必要だ」と指摘し、どんな場合に効果があるのかを判断するために、慎重にテストすべきだとしている。

バラサさんは1月に、7日間かけて数十億個のファージを吸入し、イェール大学のファージ治療を受けた8番目の患者になった。

その直後から、バラサさんが吐き出す細菌の数が少なくなっていった。ただし、症状が改善するまでには数週間かかり、その期間中には、前に服用をあきらめていた抗生物質に短期間切り替えた。

正式な研究が実施されていないのではっきりとしたことは言えないが、チャン氏の研究は、バラサさんの肺で優勢だった緑膿菌株の多くがファージによって死滅し、生き残った細菌に対しては、以前の抗生物質が再び効くようになったことを示している。

バラサさんはこの結果を「私にとっては本当に大成功」だと喜んだ。そして彼女は、抗生物質の服用も中止することができたのだ。

その後もバラサさんに対して、別の細菌株を狙った2回目のファージ治療が実施された。だが、今度は症状がさらに改善したという自覚はなかったという。

「本当のテストは、抗生物質をまた使わずに、どのぐらいの期間やっていけるか、ということです」(バラサさん)

(コネチカット州ニューヘイブン発AP 翻訳/熊谷玲美)