コカインと売春と経済発展と…日本人が知らないコロンビアの素顔

コロンビアから世界を見る②
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需要がある限りコカインビジネスは無くならない

古くはペルーの先住民族が儀式の際に噛んでいたというコカの葉。19世紀後半にコカインを精製する技術が確立し、精神分析学者ジークムント・フロイトが、患者や友人に勧めまくって広がった。

1886年にはコカの葉を原料に加えた「コカ・コーラ」が発売され、その強壮作用から大人気となる(その後健康被害が問題となり、1903年にコカ・コーラにコカは使用されなくなった)。そしてアメリカでは1912年にコカインの使用が禁止される。

だが1970年代後半、パブロ・エスコバル率いるメデジン・カルテルがコロンビアからアメリカへの密輸ルートを確立すると、コカインはまず芸能人や実業家、アーティストなどセレブを中心に流行し、その後、米国全体に大流行する。

米国の2006年の薬物使用と健康に関する全国調査で、12歳以上の3530万人のアメリカ人がコカインを使用したことがあるという報告がある。アメリカの2010年の人口は3億1000万人だから、約9人に1人。信じられない数字だ。

Matadorによると、今、コカインを“常習的に”使用している愛好家は世界中に1750万人いて、そのうちアメリカ人は33%を占める570万人である。

需要がある限り供給は続く。国連薬物犯罪事務所が2018年6月26日に発表した報告によると、2016年の世界のコカイン生産量は推定1410トン、コロンビアにおけるコカイン生産量は866トンとのことだ。つまり世界のコカインのうち約61%が依然としてコロンビアで生産されている計算となる。

コカの葉を育てるコロンビアの農家

1990年代にメデジン・カルテルやカリ・カルテルといった巨大麻薬組織は消滅したが、麻薬組織が消え去ったわけではなく、小さな組織に分散して地下に潜った。コロンビアの麻薬密売組織の数は判明しているものだけでも300を超えているという。

引き続き、犯罪に関与したり、犯罪ノウハウの伝達もなされている。麻薬取引の縄張り争いを巡った組織同士の抗争も度々起きている。警察が襲撃を恐れて立ち入れない地域も存在している。

コカインはパブロ・エスコバル時代はコロンビアからアメリカ(主にカリフォルニア)に空輸され、その後は小型の潜水艦(ナルコ潜水艦と呼ばれる)や、メキシコ陸路経由で海外に密輸されるようになった。

そうやって輸出されたコカインが米国や欧州に渡ると、数十倍、数百倍の価格で取引される。だからコロンビアはどうしてもこの金のなる植物の栽培を手放せない。このような南北問題的構造がコロンビアのコカイン産業のベースにある。

 

農村の貧困と南北格差

コロンビアの治安に関しては貧困抜きで語れない。職にありつけない貧困層の若者が数万円で殺人を引き受ける、強盗に及ぶ、麻薬組織に加わることもある。

コカインの原料となるコカの葉が栽培されているのは、ジャングルの中の貧しい農村だ。そうしたところでは今も、高純度コカインができる一歩手前のコカイン・ベースという塊がお金の代わりを果たしている。

道端でコカインを乾燥させる。コロンビアの農村にて

売春婦はセックスの代金をコカイン・ベースで支払われ、彼女らはそれを現金に変えるために麻薬密売組織と接触せざるをえない。そして、コカ生産地は政府軍や他の組織の強奪から自分たちを守るため、コカインマフィアから資金と武器の援助を受け、武装ゲリラと化した。

左翼反政府ゲリラである。コロンビア革命軍(FARC)、民族解放軍(ELN)が有名だが、小さな武装組織はもっとある。そしてそれらのゲリラは、多い時には7千人とも1万人とも言われる非人道的な「子ども兵士」を産んだ。その中には街で誘拐されて兵士にさせられた子どもも多数いる。

コロンビアに続くコカインの生産地は、ペルーや、ボリビア。コカインはそのほとんどが中南米で生産されている。温暖で湿潤な気候が適しているからだという。

パブロ・エスコバルの時代はペルーやボリビアで栽培されたコカの葉もコロンビアで精製されてコカインになってきた。現在はかつてよりはコロンビア産は減っているとは思うが、コカインは依然としてコロンビアにおいて巨大な”産業”であり続けているのだ。

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