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# 経営者

売り上げ20億円「室蘭発の町工場」社長、海外の市場で奮闘す

「株式会社キメラ」藤井徹也社長に聞く

金属、プラスチック部品を大量生産する際に使う「金型」製造で知られる、グローバルニッチ企業の株式会社キメラ。同社の特徴は、航空機や医療器具等に使うミクロン単位の超精密部品用の金型をつくれること。元は室蘭の町工場だったが、現在は米国やマレーシアに子会社を立ち上げ、企業名は世界で知られる。小規模ながら約20億円という売上高を誇る、元アルバイトから社長に就任した藤井徹也氏(55歳)に話を聞く。

「変わること」で生き残る

当社の海外進出を決めたのは先代の社長です。

今でも記憶しているのは、海外進出前に私が勝算を尋ねたら、不思議そうに「それしか考えてないの?」と言われたことです。彼の尺度は「成功/失敗」でなく、たとえ短期的には失敗に終わったとしても、その経験を元に再挑戦するなど、失敗を糧にしようと考えていたのです。

町工場の生き残り方は「変わること」です。環境は常に変化していて、ついていこうとあがくことが自社にチャンスをもたらし、ついていけなくなったら淘汰されます。先代は、失敗より、変わらないことを怖れたのでしょう。

金型はコンピューターで切削工具を動かす「NC加工」でつくりますが、精度を高める場合、最後は熟練の職人が手で研磨する必要があります。あと、温度管理が難しい。

 

金型は鉄製だから、温度変化により数ミクロン膨張・収縮するのです。このため、金型を加工する現場、検査場、お客様が使う環境、すべての温度を一定に保つ必要があります。

今、重視しているのは職人技の承継です。「俺の背中を見て覚えろ」では非効率的なので、研磨する力など数値化できる部分をまず探します。同時に「これは手じゃなきゃダメなの?」と定期的に工程を検証し、プログラムに置き換えられる部分は置き換えています。なぜなら、技術力はこんな積み重ねによってしか向上しないからです。

社員と面談を行う藤井社長。「社員一人ひとりの品質に対する考え方が当社の最も大きい財産」

室蘭で生まれ、上京後、同郷の女性と結婚して繊維問屋の営業になりました。ところが妻の父が体を壊し、35歳の時に帰郷することになったんです。この時、遠い親戚の縁を頼ってキメラに入社しました。親戚は「どうせすぐ辞めるだろうから、しばらくだけ」と私を推薦したそうです。

社長になったのは「運」でしょう。営業経験があるため「この仕事、請けるか否か」の判断ができました。次第に頼られるようになり、営業部が発足すると部署全体を任されることに。その間に見よう見まねで金型の設計も覚え、製造の責任者が退職すると工場長を任されたのでした。

私はいろんなものに興味があり、自分に関係があろうがなかろうが、知ろうとするところがあります。そんな性格が功を奏したのでしょう。思えば、パスツールの言葉の通り「幸運は用意された心のみに宿る」のかもしれません。