まるで孤高のゴジラ!? 海上100mに屹立する「謎の奇岩」の正体
じつは東京都内です周囲80kmに何も存在しない絶海
夕暮れの太平洋にポツンと姿を現した奇岩は、まるで大海原でゴジラが固まった後ろ姿に見える……。2018年秋に放送されたNHKスペシャル『秘境探検 東京ロストワールド 孀婦岩』は、孤立した岩の異形が話題をよんだ。
東京から南へ660km──。
伊豆小笠原諸島の一部でありながら、これまで詳しい調査が行われてこなかった謎の島の四方には、じつに80kmにわたって何物も存在しない。上陸を拒むように海からそそり立っている奇岩──洋上の孤独なゴジラに、われわれ探検隊もぜひ、会いたいと思った。

「孀婦岩(そうふがん)」という名の、この謎めいた岩の調査に加わった地質研究者が産業技術総合研究所にいると聞いて、研究室を訪ねた。火山活動研究グループの主任研究員・石塚治さんである。
番組の映像では、見渡すかぎり青い海しか見えないなか、高さ100mほどの岩が鉛筆の先のように海中から突き出ている。この異様な光景をほとんどの人は初めて目にしただろう。
もちろん、伊豆小笠原の火山帯研究者である石塚さんは、以前にも見たことがある。しかし、実際に現地調査のために近づいていくとき、この「ゴジラ岩」はどんなふうに映ったのだろうか。
「最初は、海のなかに点のように見えてくるんです。あるのかないのかわからないくらいの点が近づくにつれて、尖った形が見えてきて……。その姿はまさしく異様という感じですよ。ああいう地形は、地球上のどこを探してもなかなかありませんから」(石塚さん・以下同)

番組では、地質学の石塚さんに加え、生物学者やクライマーも乗船していた。この岩の調査に参加するのは、誰もが初めてのことだったという。
孀婦岩は、海中からそそり立っているため、普通の方法ではまず上陸できない。番組では、登山の専門家がボートから飛びついて、岩肌をよじ登っていく姿が映し出されていた。
石塚さんは、海底調査のために船上にいて、実際に上陸することはなかったが、岩の最上部で昆虫が発見されたことで、生物学者には興奮が走ったという。
ケーキに立てられたロウソク
地質学においても、新たな発見はあったのですか。
「地質学者は、具体的なモノを持って帰らなければ仕事になりません。サンプルの岩石を持ち帰ることができたのは大きな成果でした。これまで調査が行われていなかったので、孀婦岩の石は現物が限られていて、それも、採取された地点がよくわからない状態でした。周辺の海底の石も、ごくわずかしか採取されていなかったのです」
持ち帰った石や、詳細な音波調査を実施した周辺海底の分析に大急ぎで取り組み、放送に間に合わせた。ドキュメンタリー映像としては、あの異様な岩山があれば、十分に視聴者を惹きつけられる。石塚さんの役割は、異様な奇岩がなぜ「そこにあるのか」を解説することだ。重要なのは、海底に沈んだ周辺地形がどうなっているか、ということだった。


「じつは、孀婦岩は“孤立”しているわけではなくて、海に沈んだ部分に大元があるんです。たとえて言えば、バースデーケーキ状の火山に、1本のロウソクが刺さっている状態。そのロウソクが、海上に突き出た孀婦岩なのです」
そのロウソクが、硬い安山岩からできていたことで、波の浸食に耐えて今もその姿をとどめている。つまり、孀婦岩はかつて、脂肪や筋肉のように軟らかい岩石を周囲にまとっていたのだが、波の浸食によって“骨”だけが残った状態なのだ。
「2013年から噴火を始め、どんどん成長している西之島を見ていただくと、わかりやすいと思います。あのように海底火山が成長していき、やがて活動が収束していくと、噴火によって出た周囲の玄武岩などは、軟らかいために長年の浸食によって削られていきます。
ところが、マグマ溜まりから昇ってきた『火道』とよばれる中心部分は、ゆっくりと冷えて固まるので、安山岩のような硬い岩石になる。岩石を見るとよくわかりますが、孀婦岩を構成している岩石のうち、玄武岩は気泡が残っていてもろいのに対し、安山岩は密度が高く、硬い。孀婦岩は、噴火したマグマの通り道=火道が残ったものです」

なるほど。だからあんなに細長く、尖った形をしているのか。