あれから5年…ウクライナ危機を「他人事」と思ってはいけない

もしも、は日本でも起こりうる
真野 森作 プロフィール

いち地方に負荷をかけることの危うさ

最後に、今回ウクライナ危機を取り上げるにあたって沖縄を引き合いに出した理由を説明しておきたい。「架空の話とはいえ、沖縄をこんなふうに論じるのは不謹慎だ」とお怒りになる方もいるかもしれない。

だが、筆者としても面白半分に沖縄をモデルとした「Z県の架空戦記」を冒頭に位置づけたのではない。クリミアで起きた異変を沖縄に逆照射して日本人が考えを深めることも必要ではないか、と思い至ってのことだ。

筆者が現地取材してきたクリミアの人々の間では、「1991年にウクライナが独立して以来、クリミアは中央政府に搾取され、蔑ろにされてきた」との思いが強かった。端的に言えば、税収の多くを中央に吸い上げられ、地元への還元に乏しいといった不満である。

多数派のロシア系住民だけでなく、先住民族であるクリミア・タタール人もこの点では意見が一致する。地域の多数派がロシアを志向しているという政治的難しさもあって、ウクライナ国内で「自治共和国」だったクリミアの自治権は弱められてきた事実がある。

 

また、豊かではない国の辺境地ということもあって十分な公共投資がなされてこなかった。さらにヤヌコビッチ政権下では大統領の地元・東部ドネツク州の関係者が指導層としてクリミアへ送り込まれ、地元の不満は蓄積していた。

沖縄に話を戻そう。筆者は沖縄問題を専門とする記者ではないが、基地建設に揺れる辺野古などを過去に現地取材した経験はある。私的なレベルでは親類縁者に沖縄の人もいる。その上で、日々、報道を通じて沖縄の情勢に関心を持っている。それは沖縄が「中央と地方」を巡るテーマが先鋭的な形で現れている土地だからだ。

「一つの地方ばかりに過度な負担を押しつけても良いのか?」「国益を錦の御旗に地方の痛みを無視しても良いのか?」 そういった点が繰り返し論じられてきたが、政府が重い腰を上げる気配は感じられない。最近では沖縄の人々に対するヘイトスピーチまで世に出現している。米軍基地の集中という重荷を背負わされ続け、いつか沖縄の怒りは既存の何かを突き破るかもしれない。

重荷を背負わされてきた地方は沖縄以外にもある。例えば福島、福井、新潟の各県のような原発集中立地県が当てはまるだろう。

2014年春のクリミア編入はそれを強行する「能力」と「意思」のある隣国ロシアがいたために起きた。だが、もしウクライナの歴代政権がクリミアを含む各地方への目配りを怠っていなかったならば、異なる展開になっていたはずだ。

もし政変後の暫定政権が動揺するロシア系住民を安心させる政策を打ち出していたら、ロシアに利用されることはなかっただろう。他国の介入が実際に起こり得るかは別として、一地方に負荷をかけ続ける政治はどこの国であっても危うい。

日本はウクライナの教訓に学ぶべきと考える。それゆえに筆者はクリミアと対比する形でZ県≒沖縄を取り上げた。ご理解頂ければ幸いである。