2020年、インターネットはどうなる? 大企業独占の問題点と未来

SXSWで見えてきたこと
池田 純一 プロフィール

「ディストリビューティズム」という考え方

こう見てくると、民主党内の左派のひとりとして「プログレッシブ」と人びとに紹介されるウォーレンではあるが、彼女の振る舞いの源泉にあるのは、はたして「ソーシャリズム」なのか、「リベラリズム」なのか、それとも「リバタリアニズム」なのか。実際には、これらの混淆物なのだろう。

となると、バーニー・サンダースやAOCのように「デモクラティック・ソーシャリスト」の向こうをはるためにも、この先、彼女の立場を表す何らかの名前が必要になりそうだ。

その時、一つ参考になりそうなのが「ディストリビューティズム」というものだ。

これはメディア研究者、ダグラス・ラシュコフが“Throwing Rocks at the Google Bus”という彼の著作の中で、Big4以後のインターネット経済のために提唱した「デジタル・ディストリビューティズム」という考え方からヒントを得ている。

「ディストリビューション=分配/分散」からわかるように、経済/経営資源を広く人びとの間に振り分けることで、不用意に権力の偏りを社会に発生させないようにすることに配慮した社会経済観のことだ。

面白いことに、この「ディストリビューティズム」という考え方は、アメリカでプログレッシブの嵐が吹き荒れた同じ19世紀後半に、ヨーロッパのバチカンに本拠地をもつローマ法王が提唱したものだった。

 

ポイントは、19世紀後半の社会に浸透した経済体制の二つの見方である資本主義と共産主義の間を行く「第三の道」として提唱されたことだ。

当時のヨーロッパでも資本主義の徹底による一部の企業経営者への富や資源の集中が生じていた。その猛威を拒むために、広く人びとに様々な資産が行き渡るようにすることが社会正義として主張された。

その一方で、共産主義のような民間資産の国家による接収には反対し、従来通り個々人の所有権は認めていた。要するに、強欲を排して各種資産/資源を、社会を構成する人びとの間に広く分散させよ、という発想だ(詳しくは『Next Generation Bank』所収の拙稿「新しい近世とデジタル分散主義」を参照してほしい)。

もちろん、ディストリビューティズムという言葉が、ウォーレンの立場に直接フィットするかどうかはわからない。けれども、次代のイメージを喚起するような、何か新しい言葉=概念を探すことが、今回の大統領選に与えられた役割の一つといえそうだ。

その点で、ウォーレンは、さすがはいち早く大統領候補者として名乗りを上げたことだけのことはある。誰にもましてアグレッシブであり、課題を提起して回るアジェンダ・セッターとしてのユニークな立場をすでに確立しつつある。この先の大統領選をかき回すトリック・スターの一人なのだ。