オレキシンにはレセプター1とレセプター2という2つの受容体がある。このうち、「覚醒を維持する」というオレキシンの役割は主にレセプター2を介して行われる。
レセプター2をノックアウトしたマウス(レセプター2の遺伝子が欠損したマウス)は、覚醒を適切に保てないので活動期にも寝たり起きたりを繰り返してしまう、ナルコレプシーという病気に似た表現型を示すという。
一方、レセプター1は睡眠・覚醒にはほぼ影響がないと言われている。征矢さんが院生だった当時、レセプター1に関しては生理的な役割がまだ十分にわかっていなかった。
「レセプター1はどのような生理現象と関係があるのか、それを知りたくて院生時代のぼくはレセプター1にフォーカスしていきました。それで、遺伝的にレセプター1が欠損したマウスを使って実験を重ねていくうちに、どうやら『恐怖』の記憶と関連がありそうだということが分かってきて。
レセプター1を遺伝的にノックアウトしたマウスと普通のマウスに同じ恐怖体験をさせてみると、レセプター1ノックアウトマウスは恐怖の記憶が形成されにくかったんですよ」(征矢さん)
もちろん、征矢さんの研究より前からマウスの驚愕反応やストレス応答などの「恐怖行動」とオレキシンのかかわりを研究している研究者は存在していた。が、「恐怖記憶」にフォーカスしてオレキシンとレセプター1との関係性を見ていったのは征矢さんが最初である。
修士課程、博士課程を通じてオレキシンと恐怖記憶の研究を続け、現在もその延長線上の研究を続けている。オレキシンはその覚醒における機能が注目されているので、恐怖記憶とオレキシンの関係を研究している研究者は世界でもまだ少ないという。
「それから、逆の実験をしてみました。情動と関係が深く、また、オレキシンのレセプター1が豊富に発現しているノルアドレナリン神経を人為的に活性化させれば恐怖応答が強化されるのではないかと思い、やってみました。
すると、そのマウスは通常ならば怖がらない状況でも過剰に怖がるという結果になりました。予測した通りの結果になったわけです。さらに、このマウスの行動がヒトのPTSD患者などに見られる『汎化』という現象に似ていると思いました。そして、これら一連の結果を論文にして発表しました」(征矢さん)

心理学における「汎化」とは、一定の条件反射が形成されると、最初の条件刺激と類似している別の刺激によっても同じ反応が生じる現象のことを言う。
そして、その後、恐怖体験をさせたマウスにレセプター1の拮抗薬を投与してレセプター1の働きをブロックしたところ、恐怖応答が減弱していくことが判明した。
征矢晋吾 助教(撮影:矢野雅之)
「それで、いま一番やらなきゃと思っていることは『恐怖記憶の固定化、想起、消去(上書き)という各プロセスにおいて、オレキシンのレセプター1がどのような役割を果たしているか』の解明です。
特に消去(上書き)のメカニズムとの関連性については、PTSD治療における持続エクスポージャー法とオレキシン拮抗薬を併用することでより高い効果が得られる可能性もあるため、とても重要だと考えています」(征矢さん)
それらの原理が解明できたならば、PTSDの新たな治療薬が登場するのも遠い未来のことではないかもしれない。
清水 修
ブルーバックス編集部