ANTHEM柴田直人に聴く「全曲英詞作全世界同時発売」の深層

これは、まごうことなき快挙だ

1985年にデビューし、解散・再結成、幾たびのメンバーチェンジを経て、今なお精力的に音楽活動を続ける日本のメタルバンドANTHEMが、このたび、全曲英詞による新録ベスト・アルバム『NUCLEUS』を3月29日、全世界同時発売する。

日本を代表し、すでに世界的な評価も得ているメタルバンドが、いまなぜ全曲英詞に挑戦するのか。ジャパニーズ・メタルシーンに精通する常見陽平氏が、ANTHEMのリーダー・柴田直人氏に聴いた――。

鬼才イェンス・ボグレンとのコラボでさらに輝く名曲

常見陽平(以下、常見):デビュー35周年を目前に、 全英語詞再録音ベスト・アルバムが世界同時発売ですね。柴田さんのFacebookの書き込みを追ってみると、このアルバムに関して2017年の暮れあたりから取り組んでいることがわかり、“実験”というキーワードが頻繁に出てきていました。相当長期間、試行錯誤してレコーディングしたのでは?

柴田直人(以下、柴田):そう、実はデモテープを録っていたんです。2017の暮れからずっとやっていたので、プロジェクトとしてはほぼ1年。色々な“実験”を繰り返しながら、通常のアルバムの2倍以上の制作時間をかけましたね。

常見:十数カ月は長丁場ですね。新録ベスト盤なので、曲作りはなく、アレンジとレコーディングに集中したわけですね。音源を聴かせて頂いたのですが、まず率直な感想として、とにかく音がいいですね。

柴田:今回ミキサーに迎えたイェンス・ボグレンの仕事が素晴らしいものでしたからね。アンセムの5人目のメンバーと言ってもいいくらいだった前任のクリス・タンガリーデス(ジューダス・プリーストなどを手がけたことで知られる)が2018年1月に亡くなりまして。正直言って今後の音源制作なんてまったく想像できないくらいショックを受けていて。

常見:……そうでしょうね。

柴田:失意のどん底の中で、この世界発売のプロジェクトは立ち上がったんです。とにかくどんどん前に進めていくしかなかったんですけど、僕としては、最終的に誰が音をミックスするのかということが実はずっとひっかかっていて。そしてレコード会社とのミーティングの中でイェンス・ボグレンの名前が出てきたので、彼がミックスした最新作のいくつかを聴いたんですよね。そうしたら、全部バッチリ当てはまったんです。もしクリスじゃないなら、こういう人物がいいなあっていう僕の条件に。

常見:その条件とは?

柴田:まずはとにかく、「緻密であること」。あとは、ミックスする人の個性がありながら、それと同じくらい、バンドによってまったく違う個性をつくれる人。この人に任せたら必ずすごいものができるけど、全部この人のカラーだよね、というタイプの方とは組めないなと思っていて。

たしかにそれもひとつの形としてはあるんですけど、僕は、やっぱりそのバンドによってのカラーをきちんと出してほしい。だから、自分のインプットを入れながらバンドのカラーを出せる人、を求めていましたね。

そして、こういうモノづくりの才能では、「緻密であること」は実はとても根気が要るし難しいんです。ましてや彼は日本人ではないし、海外とのデータのやりとりのみで作り上げることに対する不安もありましたし。しかし、現状、先のことは考えずに、とにかくここはイェンスしかいないっていう感じだったんですよ。

 

常見:今回、とにかく音がいいのは、その通り、個性を引き出しつつの緻密な作業の結晶だと思いましたね。やっぱりひとつひとつの音が綺麗なんですよね。ちょっとした効果音から何からすべて。

柴田:イェンスが送ってきたファースト・ミックス、ミックスAと呼んでいたその音を聴いた瞬間に、僕、「これは大丈夫だ」って確信しましたね。イェンスにとってもANTHEMは未知なバンドなわけだし、僕らにとっても彼は未知のミキサーなわけで。その上でミックスAを聴いた時に、僕はもう奇跡的だな、と。「ああ、ここだったのか」みたいなね。

彼はもうワールドワイドで有名なエンジニアなわけですが、本当にフェアに、バンドの個性や僕のリクエストを尊重してくれた。そしてただ単にリクエストを聞くだけではなく、同時進行でどんどん提案もするんですよ。さすが世界の一線級だと思いましたね。

常見:「こんな提案があるぞ」とどんどんくるわけですね。

柴田:そう。時差があるにもかかわらず、とても仕事が速くて、僕がせっつかれるくらい。こういうのはどう、ああいうのはどう、これくらいのバランスはどうだ、と次々提案してきてくれる。彼は一体いつ寝てるんだろう?と思いましたよ。今、ワールドワイドで仕事をしながら一流と言われている人の仕事って、このクオリティとこのスピードなんだ、と最初から実感できましたね。

必聴のベストアルバム

世界に曲を届けるための試行錯誤

常見:このベストアルバムを聴いていて、2014年のメンバーチェンジ以来、やはり演奏力が違うなと思っています。とにかくライブの本数も多く、音が磨かれ、深くなっていったのではないかと。今回のこのミックスに関しても、ひとつひとつの音がクリアに聴こえるし、ところどころのキメはむしろさらにキレが増しているなと。

柴田:ここ数年は特に、バンドのメンバー間のケミストリーがきちんと音に出る感じがあって。このラインナップになってこの曲がなにかまた違う表情になったな、ということがたくさん出てきました。

これまで自分たちが録音したものの形をあまり変えないというやり方は、実は一番難しいと思うんです。ベスト・アルバムを作るというと、単純に各メーカーの音源を集めるだけ、という方法がまずありますよね。その次に、リメイクする場合は、比べられないようにアレンジを変えてしまう、という方法も。僕は両方とも嫌でね。

かつて僕たちが録音したものは命がけでやったもので、あれ以上のアレンジなんてないと思っているし、それを比べられないためだけに小手先で変えたりすることは、僕は嫌だったんです。

だから、意識して、大きくアレンジを変えることは一切しなかった。大きくアレンジが変わっていないがために、前の方がいいねというような評価になるのもやっぱり嫌だし。でも、今のメンバーの価値はそれを乗り越えるところにあるんだと思うんですよね。

常見:そもそもANTHEMは、いつもその時の最大限を、ベストを超えた努力をして新たな音源を生み出してきましたよね。

柴田:ありがとうございます。とにかく今回は、あくまでも基本的にですが、フレーズなどもオリジナルからあまり離れないようにすることだけは決め事として、あとは自由に。レコーディングしながら「もうちょっと変えてもいいんじゃない?」「そこは変えない方がいいかもね」と試行錯誤しながら作り上げました。

今回は全英語歌詞ということもあったので、英語のアドバイザーと僕で、できるだけキャッチボールをしながら、ラインをひとつずつ確認していった感じでしたね。どんな方法を用いたとしても、やっぱりオリジナルの方がいいねって言う人は必ずいると思います。それはそれで普通の事だと思うんです。

とにかく、「形をほぼ変えないけれども、今の自分たちの今のインプットを必ず刻もう」という最初のミーティングの言葉を、日々、皆で忘れないようにして。だから、疲れた時もあるし、飽きた時もあるし、煮詰まった時もたぶんそれぞれあったでしょうけど、空気が重くなることは一度もなかったですね。