殺人か医療行為か…「透析中止事件」から私たちが考えるべきこと

透析中止と安楽死のあいだ
美馬 達哉 プロフィール

透明性の確保は一つの答えだが……

ちなみに、医師の手による安楽死や自死介助が認められている国々(参照「賛否両論の『安楽死』いま何が問題か」)では、本人自身が状況を理解した上で死を希望していることを司法に対して証明するため、編集無しでの動画撮影がよく行われている。

そんなドキュメンタリーを、私はときどき大学の講義で学生たちに見せる(『オレゴンで死ぬこと(How to die in Oregon)』(2011年、ピーター・リチャードソン監督))。

〔PHOTO〕iStock

自死介助による安楽死なので、透析治療中止のケースと状況は違うが、米国オレゴン州の安楽死法の決まりでは、安楽死のため処方された毒薬(致死量以上の麻酔薬)を服用する直前に患者は、

「この薬を飲むと60から90秒の間で昏睡状態になって数分以内に死亡します。この薬の効果について理解していますか?」
「考えを変えて安楽死を中止してもいいですが続けますか?」

という二つの質問にイエスと口頭で答えることを求められる。

その後に、その毒薬を服用して自死するわけだ。

医療や司法のような密室性が高かった領域で、そうした動画記録をしっかり残して透明性を高めることは、日本での現状をよりよくする第一歩になり得るのではないか。

と頭で理解する一方で、動画で患者の権利を守る米国流のインフォームドコンセントを目にすると、日本では考えづらいシビアさに引き気味になり、私も学生たちも「身も蓋もない……」と違和感を持ってしまうのもまた事実だ。