拡声器で「降りてきなさい!」

そこで、2012年にも同じようにゲリラを決行することにしました。当時のニューヨークは、まだ2008年のリーマンショックから立ち直っておらず、景気も良くなかった。

失業中の知り合いも多くいたので、ポジティブなメッセージを送りたいと思いました。ニューヨークが大好きなこともあって、「I L♡VE N Y」のロゴが入った、プラスチック袋のスローガンを拝借することに。有名デザイナー、ミルトン・グレーザーのデザインです。彼は著作権を放棄しているので、世界中で誰もが好きに使用できる。素晴らしいですよね。

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前作と同様にビニール袋にLEDライトを入れて光るようにしました。 インターンに手伝ってもらい、10個を制作。逮捕される前日の夜中に、マンハッタンに4カ所、ブルックリンのベッドフォード・アベニューで1カ所、 木に作品を取り付けました。 翌日に残りの5個をグリーンポイント地区に取り付ける予定でした。

夜中の2時頃、ベッドフォード・アベニューとマッカレン・パークの角にある電柱にはしごで登り、取り付けを終えて 、降りようと思った時のこと。警察がやって来て、拡声器で「降りて来なさい」と言われました。

「僕はアーティストで、ただ作品の写真を撮っているだけだ」と謝り、すぐ外すと伝えました。しかし「昨日のベッドフォード・アベニューの事件もお前の仕業だろ!昨日は爆弾処理班を呼んで、近隣の人達を緊急避難させて大変だったんだぞ」と怒られました。

そんな大事になったとは全く知らなかったので、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、平謝りしました。僕はただアートを「I  L♡VE NY」というメッセージを送りたかっただけだと、必死に弁明したのですが、警察は一向に耳を持たず怒鳴るばかり。パトカーが4台来て、手錠をかけられ逮捕されました。

こちらが実際に取り付けた「I LOVE NY」の袋を用いたライト 写真提供/宮川剛

恩師の息子の結婚式の方が気がかり

この時、宮川さんは「爆弾をしかけたわけではないんだからすぐに帰れるだろう」と思っていた。何より気になっていたのは翌日の仕事と、東京国際フォーラムなどで知られる建築家で宮川さんの恩師のラファエル・ヴィニオリに頼まれていた作業だった。

――取り付けを手伝ってくれた友達たちは、警察に帰っていいと言われていたのでホッとしました。そこで、その場に一緒にいた同僚のパブロに仕事の指示を出しました。その週末は、ニューヨークの父親のような存在のヴィニオリの息子の結婚式。僕は新郎新婦の歩く階段を作ることになっていました。会場がジャズ・アット・リンカーン・センターで、階段がないと壇上に上がることができない。何としてでも階段を仕上げて会場まで配達しなければいけなかった。それもパブロにお願いして、僕の片腕であるルイスに連絡して確実に完成させるように伝えました。

爆弾を仕掛けたわけではないし、アート作品として作ったとわかってもらえたら、すぐ保釈されると思っていました。警察署に連行され、 携帯や財布などの所持品はすべて没収されました。勾留用の空間には他に4人が収監されていて、自分で小便をした所に寝ていたり、騒いでいる人などがいたり、なかなか強烈な状況でしたね。座ったままの状態で、一睡もできず朝まで過ごしました。