「車に飛び込もうとさえ思った」山根明・前会長が明かす苦悶の日々

戦後を生き抜いた男の数奇な人生
千吉良 美樹 プロフィール

部下たちに裏切られて

「実は私は、慕ってくれていた人間可愛さに、彼らの不祥事をもみ消してしまうことが少なからずありました。著書にも正直に書いた通り、ある連盟理事に関して、彼のパワハラを黙っていてもらう代わりに、被害にあった選手のプロ入りを手助けしたこともあります。その時の理事こそ、『もうひとりの山根』を使って、周りを脅していた人物でした。

さらに過去には、連盟に届いた匿名の告発文を握りつぶしてしまったこともあります。そのひとつが、先日ニュースで取り上げられた作新学院・川島弘行監督の暴力問題。彼については、告発文を『匿名の怪文書』として見なかったことにしてしまったんです。

 

それから、ある県の選手を贔屓する判定が一部で行われているという告発もありました。ただ、今でこそ、『奈良判定』という言葉がひとり歩きして、自分が関わる学校や連盟の選手に有利な判定をするなんて言語両断という空気がありますが、その当時は珍しいことではなかったのも事実でした。そのため、この時も私は見て見ぬふりをしてしまった。

この文書の中で、不正な判定の中心として疑惑をかけられていた人物は、のちに『日本ボクシングを再興する会』のメンバーとして私をバッシングしていたうちの一人でした」

そう言って山根氏は肩を落とす。部下たちに裏切られたこと、「それが一番悲しかった」と声を震わせた。

「私はね、高校生や大学生にボクシングを教えられることが本当に嬉しかったんです。だからこそ、40年以上もボランティアで、少しでも彼ら、彼女らのためになるようにやってきたつもりでした。

同時に、連盟で関わってきた役員、指導者たちにも感謝の気持ちがある。彼らに頼まれれば精一杯のことをしたし、問題が起きれば守ってきました。それだけなんですよ。

『日本ボクシングを再興する会』が告発した内容についても、本当におかしな点があるならば、世間の皆さんにもわかるような証拠を出せばいいと思うのですが、出てきていないでしょう? それが答えやないですか」

もちろん、ものごとの「真実」は見る角度によって全く変わってしまうこともある。だが、著書『男 山根』からは、山根氏が抱える〝切なさ〟が伝わってくる。

インタビューを終え外に出ると、山根氏は道行く子ども連れの女性に「山根会長ですか? 応援してます」と声をかけられ、何度も「ありがとう」と言いながら名刺を渡していた。「電話番号も住所も書いてあるのに大丈夫なんですか?」と思わず突っ込みたくなったが、その憎めなさが、これだけ長く話題の人となっている理由でもあるのだろう。

今年2月、日本ボクシング連盟は総会を開き、山根氏の「除名処分」を決めた。昨年の騒動の直後、連盟のすべての役職から退いている山根氏だが、その後も関係者とは没交渉のままだという。今回の氏の主張と手記の刊行は、日本のアマチュアボクシング界にどのような影響を与えるのだろうかーー。

(来週公開予定の後編につづく)

3月24日(日)16時から書泉グランデ(東京・神保町)にて、4月1日(日)19時30分からスタンダードブックストア心斎橋カフェ(大阪・心斎橋)にて山根氏のトークイベントが開催されます。