撮影/西﨑進也

「車に飛び込もうとさえ思った」山根明・前会長が明かす苦悶の日々

戦後を生き抜いた男の数奇な人生

「車に飛び込もうと…」

〈私は無意識に、車に飛び込むタイミングを見計らっていた。無性に「これ以上生きていても仕方ない」という気持ちに駆られていたのだ。

ふと、前からやってくる大きな黒い車に気がついた。あれなら衝撃も大きく、間違いなく死ねるのではないか。しかし車は、私のすぐ手前で停まってしまった。

「山根会長! 会長でしょ? 応援してますよ! 負けんでください!」

年の頃は30くらいだっただろうか。見ず知らずの男性が車から身を乗り出し、突然、声をかけてくれた。

「応援してます」——それは、思いもよらない言葉だった。私は次の瞬間、我に返り、自分がしようとしていたことを想像して冷たい汗をかいた。

日本連盟が、アマチュアボクシング界が大変な時に、何を無責任なことをしようとしていたのか。恥ずかしい気持ちもした〉(『男 山根 「無冠の帝王」半世紀』第1章P32-33より)

 

「世界の山根」「カリスマ山根」「歴史の男」……自らをそう称し、連日テレビカメラを前に語気を荒げていた日本ボクシング連盟前会長・山根明氏。

昨夏の“あの騒動”の最中に、山根氏が「自殺」を考えていたなど、誰が想像できただろうか。山根氏はいつだって怒りを露わにしていて、「文句があるならかかってこい」と言わんばかりに何度もファイティングポーズを取っていた。

しかしその背後で、氏は確かに起きている事態に戸惑い、疲弊していたのだ。3月22日に上梓した自叙伝『男 山根「無冠の帝王」半世紀』(双葉社)を一読すると、冒頭にも引いたように、そんな氏の姿にたびたび驚かされる。

同書では、2018年7月に発覚した「日本ボクシングを再興する会」による日本ボクシング連盟および山根氏への告発がいかなる経緯で行われたのか、そして今年80歳を迎える山根氏の壮絶な人生が山根氏の視点から克明に記されている。

同書の発売を機に行った今回の特別インタビューでは、山根氏が登場するきっかけとなった告発騒動の真相、そして戦後を生き抜いてきた氏の数奇な人生について聞いた。

助成金「不正流用」の経緯

早くも風化しつつある話ではあるが、騒動が発覚したのは、2018年7月29日。同27日にJOC(日本オリンピック委員会)やスポーツ庁に対し、関係者ら333名が日本ボクシング連盟に対する告発を行ったことが報じられ、メディアは瞬く間に関連ニュース一色となった。

その告発の内容は、山根氏が助成金の不正配分に関与しているというものから、山根氏を接待する際の品目を記した「おもてなしリスト」の存在まで、全12項目が並んでいた。

山根氏は騒動から半年以上が経った今も、そのうちのひとつ「(2016年リオデジャネイロ五輪代表)成松大介選手への助成金の不正流用」以外の項目は認めていない。

「報道を最初に目にした時から、日本スポーツ振興センターから成松選手に支払われた助成金(240万円)を3等分して、ほかの2選手にも分配させたという件は、確かに身に覚えのあることやったんです。もともとほかの2選手にも助成金を取らせたかったけど通らなかったので、彼らがかわいそうになり、成松選手に相談しました。

3人とも、頑張ってきたんです。共に戦う選手として、成松選手もまた、その気持ちを理解してくれた……そう私は勘違いしてしまった。今でも、私がお願いしたことが“圧力”であると感じさせてしまったのであれば、申し訳ないことをしたと思っています」