説明できますか? 「ヘリウム分子」が存在しない理由

量子化学の驚くべき威力
平山 令明 プロフィール

He2分子が安定に存在しないわけ

ついでにHe2分子について考えてみましょう。He原子が作る分子です。高等学校の化学を習った人なら、そんな分子の話など聞いたこともないとおっしゃるかもしれません。そうです。He原子自身が安定であるため、He2分子は存在しないのです。

しかし、その理由をもう少しもっともらしく理解するには、分子軌道を考えれば一目瞭然です。

水素分子の場合から類推すると、He2分子の中の分子軌道は図4(a)のように考えられます。水素分子とは異なり、He2分子では図4(b)のように分子軌道ψ2にもψ1と同様に電子が2つ入ります。そうなると、分子全体のエネルギーはもとの原子軌道と変わらない(ゼロ)ことになってしまいます。安定化の効果はないということです。

図4 ヘリウム分子の分子軌道

さらに反結合性分子軌道に入った電子は、結合性分子軌道によって作られる結合を切断する(原子核を引き離す)ように働きます。したがって、He2分子は作られず、He原子が別々に存在せざるを得なくなるのです。

つまりH2は存在しても、He2は存在できないということです。このように分子軌道法を使うと2つの原子が結合を作るかどうかを知ることが可能となります。

化学を知るにはすべての化合物の場合を覚えておかなくてはならないと思い込んでいた人たちにとって、分子軌道法はまさに救いの神です。

また、量子力学に基づいたこの分子軌道法を用いれば、すべての原子や分子の性質を知ることが、「原理的には」可能だと言ったら別の人たちが目を輝かせるかもしれません。世の中にある、ありとあらゆる分子の性質は、分子軌道法を使えば、「原理的」に知ることが可能です。

分子軌道法の考え方は決して新しいものではありませんが、半世紀ほど前まではコンピュータの速度が遅く充分な計算が行えなかったために、一部の人々は「こんなもの役に立たない!」と決めつけていました。

そうした悲観論者ばかりだったら、今のように実用的に分子軌道法の計算が使える時代は来なかったと思います。

誇大妄想であってはいけませんが、「できるはずだ」と考えるところから勇気も出てくるし、道も開けると私は信じています。年をとってからではドン・キホーテになってしまいますが、若い皆さんは違うと思います。

難しいと言われている問題にどんどん挑戦してください。自分の背の高さより高いバーを楽々越えるハイジャンプの選手のように、何度もトライして、最終的には、はるか高いバーをクリアしてください。

(この記事は、ブルーバックス『はじめての量子化学』から一部を抜粋・再構成したものです)