なぜ夫婦関係はこじれたのか

千賀子さんと夫は、千賀子さん25歳、夫が34歳のときに職場で知り合った。交際3年で、夫が転職し上京するのを機に籍を入れた。

「頭がよくて仕事ができて、頼り甲斐があるところに惹かれました。実際、私が言うことを聞いてさえいれば優しい人でした。旅行が好きで、いろいろなところに連れて行ってくれたりもしました」

東京で千賀子さんも仕事を見つけ、共働きを続けた。4年経ち、「そろそろ」と思い、子どもをつくった。

「切迫流産となり、仕事は辞めざるを得ませんでした。娘が1歳半になって保育園に入れ、正社員として働き始めましたが、仕事がハードで不規則だったため子育てとの両立が叶わず、その職場は辞めました」

その後、派遣社員として働き始めたが、子どもの送迎もあり、長い時間は働けない。当然、以前に比べると収入は減った。もともと夫の半分くらいだった収入が、3分の1以下になった。

「子どもが生まれる前は夫が家賃、私が生活費を負担していたのですが、うまく回らなくなりました。子どもも生まれたことだし、少し生活費を負担してもらえないかと頼んだら、ものすごく嫌な顔をしました。夫は母子家庭で苦労して育ってきたためか、お金にはうるさいんです」

夫に意見をすることができなくなった

お金をめぐる諍いが増え、夫は千賀子さんを「ダメ人間」と罵るようになった。千賀子さん自身、収入が減ってしまった自分に自信がもてず、夫の言うとおり自分は「ダメ人間」なのだと思い込んだ。気持ちが萎縮し、夫に意見が言えなくなった。

「思ったことも口に出さず、ため込んでしまうようになりました。余計な争いを避けたい一心でしたが、今思えば、問題を先送りしていただけのような気がします」

そんななか、夫の提案でマンションを購入。千賀子さんの貯金も全部吐き出した。自分のお金がなくなった、それが千賀子さんを不安にさせた。そこでの、夫の「2人目が欲しい」発言だった。

「日々、経済力がないことでの無力感を味わわされていましたから、妊娠・出産で職を失う可能性を考えると、とても素直に頷けませんでした。夫はふだん従順だった私の内なる反抗心に気づいて、腹が立ったんでしょう」

家族に恵まれなかった人ほど、自分のつくる家族に固執する傾向があるそうだ。妻(夫)や子どもを支配し、囲い込み、自分の王国を築くことで安心を得ようとするのだろう。王国の中で可愛らしく飼われている限り大事にするが、外の世界に少しでも興味を示そうものなら容赦はしない。――そんなパターンを、私はこれまでいくつも見聞きしてきた。

不仲な両親の元に育ち、成人してから20数年、実家とは疎遠だという千賀子さんの夫も、もしかしたら……。本人は「愛している」つもりだったのだろうが。

「夫も私ではなくて、もっと素直な女性とだったらうまくいっていたのかな、とも思います。私はおとなしそうに見えますが、実は芯が強くて頑固。そんな私の一面が見えるたび、夫は不安になって、力で押さえつけようとしたのかもしれません」

少しでも前に進むために

今、千賀子さんは最初に借りたアパートを引き払い、同じ市内のワンルームマンションに暮らしている。いつでも娘を迎えられるように、まずは住まいを確保しようと、ローンを組んで自力で買った。築50年を過ぎているから、400万円と格安だった。

「こうして家を自分で買って、私にもこんなことができるんだ、ってすごく自信がつきました。今、お給料は多くはないけれど、節約しながらも普通に生活して、好きな習いごともして、娘のために月2万円ずつ貯金もしています。私、全然、ダメ人間なんかじゃないって」

ちなみに、その貯金のことを娘に話したら、「ちょっと驚いて、それから安心したような表情を見せました。弱々しいと思っていた母親が、実はそうでもないことに気づき始めたようです」

今、夫は、娘を必死で囲い込んでいる。王国から飛び出した千賀子さんを支配するには、それしか方法がないのだろう。しかし、もはやそれに屈する千賀子さんではない。

「娘のことは、弁護士さんに相談中。娘にとって、いちばんよい方法を探っているところです」

子どもの親権をもつのが誰であるとよいのかは、それぞれの環境で変わる。虐待などの犯罪行為がある場合をのぞき、明確な回答はないとも言える。ただ私が分かるのは、千賀子さんが娘のことを考えたからこそ強引に父親と引き離さなかった、「想いがある母親」であるということだ。

いま、千賀子さんは全部自分で考えて、全部自分で決めている。夫と暮らしていたころには、していなかったことだ。娘と引き離されるという辛さを抱えながらも、千賀子さんは決してあきらめず、自分で未来を切り開こうとしている。千賀子さんは微笑んで、最後にこう言った。

「今、自分の人生を歩いている充実を感じています」