監護権があっても引き渡しを要求できない?

「娘を返して!」「返さない!」、夫婦の闘いが始まった。らちが明かないので、千賀子さんはついに家裁に申し立てた。1年半にも及ぶ審判の末、娘の監護権は母親である千賀子さんに指定された。

しかし夫は、娘を引き渡そうとしない。

「裁判所に『子の引き渡しの強制執行』を申し立て、執行官が家に行って説得しましたが、どうしても応じず失敗。その後、弁護士と相談し、『間接執行』および『人身保護』を検討しましたが、財産を差し押さえることで相手が逆上する可能性があること、そもそも子どもをモノのように無理やり引き離すのは娘にとって残酷なことになりかねないことから、諦めました」

子の引き渡しの「強制執行」とは、裁判所の執行官が、子どもが現在居住する場所に出向き、子どもを説得して引き渡しを実現させること。「間接執行」とは、履行しない親に対し,間接強制金の支払を命じること。間接強制金を支払わない場合は,財産の差し押えもすることができる。

娘のためを思うからこそ、千賀子さんは手を引っ込めた。

こっそり小学校に会いに行く

以来、3年半。娘は父親と暮らしながら保育園を卒園し、小学校に入学し、今は小学2年生である。夫が会わせようとしないので、千賀子さんはこっそり学校に会いに行く。

「行くと娘は喜んで、私に甘えて離れません。でも、その反面、私に会ったことが父親に知れるのをとても恐れているようです。子どもにも生存本能がありますから、今、娘は父親と離れたら生きていけないと思い込んでいるんですね。一緒に暮らしていたころ、家の中での私の立場が弱かったことも影響しているのかもしれません。私とは校門から一歩も出ようとしない。小汚い格好をしているので気になって、服を買って渡しても、家には持って帰らない。あげた文房具も捨ててしまっているようです」

そんな切ない状況ではあるのだが、千賀子さんは希望を捨てていない。

「もう少し大きくなって、いろいろなことが理解できるようになったら、自分の意思で私のところに来てくれるのではないかと思っています」

娘をはさんで、こじれにこじれた夫婦関係。しかし、千賀子さんと夫は、まだ離婚していない。というのも、離婚となると財産分与をせねばならず、千賀子さん曰く「ケチな」夫は、それが嫌。千賀子さんは、娘の親権が法的に奪われてしまうのが嫌。妙な形で利害関係が一致した。

「日本の裁判所は原則、現状維持を優先しますから……。離婚していない今なら、娘の親権者は父母なので、私も学校に堂々と会いに行けるんです」