打ち合わせ場所には20〜30分早く着くようにし、毎日は使わないけれどカバンにはモバイルバッテリーを常に入れておく。会社のロッカーには新品のシャツと靴下をとりあえず入れたままにしている——そんな感じで、何かあったときのためにちょっとした備えを心がけている人は多いと思う。
しかしその「何か」が深刻になると、逆になるべく考えないようにする不思議な現象が起こる。
「縁起でもない」というやつだ。自分や家族の死、大病、事故などを具体的に想像する時点で心理的にストップがかかる。だから、備えが後手に回り、事態に直面したときに自分や周囲をパニックに陥らせてしまう。
そうならないために、現実的に起きそうな縁起でもないことも頑張って日頃から備えておいたほうがいい。何がいいだろう? 最初は家族よりは自分に降り注ぐ不幸のほうが向き合いやすいだろう。かといって自分が死んでしまったら何もしようがない。筆者の頭に最初に浮かんだのは、「自分の排泄物は誰に処理してもらいたいだろう?」だった。
介護保険法が定める要介護認定には要支援1〜2、要介護1〜5の7区分があるが、このうち要介護2以上の状態では、自分でトイレに行って用を足して戻ってくるといった完全な自立排泄が困難な場合が多いとされる。2018年10月時点で要介護2以上の人の総人口は340万人を超える(厚生労働省 介護保険事業状況報告「暫定」より)。静岡県の全人口に匹敵する規模だ。
また、日本人の平均寿命は2017年時点で女性が87.26年で男性が81.09年となっているが、健康で生きられる期間(健康寿命)は2016年時点で女性が74.79年、男性が72.14年と、10年前後の開きがあることも見落とせない。健康を損なって亡くなるまでに平均で10年程度の長い年月があり、その間も排泄という生理現象は止まらないのだ。
排便や排尿のことは、家族であってもできればそっとしておいてほしいというのが人情だと思う。筆者も用を足す様子を見られるのはまっぴらごめんだし、匂いや音を受け止められるのも嫌だ。オナラだって、聞かれたくないし聞きたくない。
けれども、病気や怪我、老いなどによって、いつか自力で排泄できなくなるということは現実に起こりうる。そして、その可能性はけっこう高いと思っておいたほうが良さそうだ。
自分一人で排泄できなくなったとき、誰にどうやって助けてもらえばいいのだろう? 様々な介護と看護のサービス現場を頼って実情を探った。
※ちなみに介護は「日常生活を快適に送れるようにサポートすること」、看護は「怪我や病気の治療や療養をサポートすること」を指す。