『わたし、定時で帰ります。』はゆとり世代のある問いから生まれた

就職氷河期世代の私が辿り着いた答え
朱野 帰子 プロフィール

「なぜあなた方の世代は命を削ってまで働くのか」

新潮社の若い編集者から「普通の会社員の話を『yom yom』で連載しないか」という依頼を受けたのは、会社員を辞めて8年後のことでした。当時の私はあちこちで「この出版不況を生き残るのは相当に難しいだろう」と言われ(またもや氷河期です)、焦りから許容量を超えた量の原稿を引き受けていました。そう、またもや、長時間労働体質に戻っていたのです。

編集者はゆとり世代の方でした。打ち合わせの席で、たまたま私が自分の働き方について話した時、彼女は「なぜあなた方の世代は命を削ってまで働くのか」と強い調子で言いました。巻きこまれたくない、とも言っていました。

気づいた時、私はこう提案していました。

「定時に帰ることにこだわる会社員の話はどうですか」

同じくドラマの原作である、冒頭の著書の続編『わたし、定時で帰ります。ハイパー』(新潮社)。管理職となった主人公の結衣が、個性的な部下たちやブラックな社風に翻弄されながらも、ホワイトな職場を目指して奔走する

自分のこれまでの働き方を全否定する人物。そういう女性を主人公に据えようと決めたのは、その若い編集者や『yom yom』の読者が、かつてうつ病で休職した後輩と同年代の女性たちであったからかもしれません。

あるいは、私を24時間働く会社員に育てあげ、ろくなマネジメントもせずに働かせようとした上の世代への反逆だったのかもしれません。

それでも「わたし、定時で帰ります。」というタイトルの本を世に出すのは勇気の要ることでした。自分と同じように長時間労働を美徳だと教えられて育った人たちや、帰りたいと思っていても帰れない人たちが、日本の企業には大勢いることを、私は誰よりも知っているからです。だから、とても怖かった。

 

仕事なんかよりも人の命は尊い

でも、この小説は決して、誰かの働き方を否定する物語ではありません。主人公の東山結衣だって最初は、自分さえ定時に帰れれば、他の人のことなんかどうだってよかったのです。でも、部下の命を軽視する上司に24時間働かされそうになる同僚たちを家に帰すため、やむにやまれず立ち上がります。

物語の終盤、結衣の戦いを阻むのは、彼女を育てた人物です。人生の全てを会社に捧げてきた彼女の父親は「お前は日本人の美徳を何一つ持っていない」と言い放ちます。このシーンを書いている時は、自分の父と対峙しているようで萎縮してしまい、反論の言葉が出てこず、何度も書き直しました。

でも、その甲斐があったのか、この原稿を書いている時点で、この小説は累計14万部。テレビドラマ化も決まりました。私と同じように、「そろそろ、自分の働き方を考え直したい」と思っている人たちが沢山いたのでしょう。

答えは私にもわかりません。でも、仕事なんかよりも人の命の方が絶対に尊い。それだけは確かなことだ、と今は思うのです。