『わたし、定時で帰ります。』公式サイトより

『わたし、定時で帰ります。』はゆとり世代のある問いから生まれた

就職氷河期世代の私が辿り着いた答え

「働き方改革」の導入に合わせるように、4月から始まるドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)。周りが残業していようと、ひとり定時に帰ることを死守する東山結衣(吉高由里子)が主人公のこの物語は、原作の著者・朱野帰子氏がゆとり世代である担当編集者から投げ掛けられた言葉から生まれたという。

「なぜあなた方の世代は命を削ってまで働くのか」

原作の著書『わたし、定時で帰ります。』(新潮文庫)

就職氷河期に零細企業で社会人生活をスタートし、自らを「長時間労働体質」だという朱野氏が、「何のために働くのか」にとことん向き合い辿り着いた、ひとつの答えとは。

「24時間、戦えますか」だった父

私が物心ついた頃には、日本はバブル景気のまっただ中にありました。広告代理店に勤めていた父が帰ってくるのは明け方。出社するのは私が小学校へ行った後でした。

テレビでは「24時間、戦えますか」という歌詞で有名な、栄養ドリンクのCMソングがかかっていました。小学校の遠足の時にバスの中で配られた「歌のしおり」にもそのCMソングの歌詞が入っていました。バスに揺られながら「24時間、戦えますか。ビジネスマン、ビジネスマン、ジャパニーズビジネスマン」と声を揃えて、同級生たちと楽しく歌ったのを覚えています。

〔PHOTO〕iStock

私が10歳か11歳の頃、バブルは崩壊しました。多くのクライアントを失った父は日付が変わる前に帰ってくるようになり、家族全員で食卓を囲むことが増えました。でも父の目は決して、自分の帰りを待ち望んでいた子供たちには向きませんでした。虚脱状態でテレビだけを見つめていました。

父にとっては、子供たちの存在よりも、仕事の方が尊いのだ。そのことを私は、おそらく意識が生じた頃から知っていました。

でも、そんな父がかっこいいとも思っていました。だからでしょう、高校生の頃からアルバイトを始め、働けるだけシフトを入れるようになりました。高校生の身で2週間休みなく、1日12時間くらい働いたこともあります。「シフト入れる?」とバイト先の店長に聞かれるたび、まぶたに浮かぶのは、子供の頃見ていた父の働き方でした。私は大抵の場合「入れます」とうなずきました。

――24時間、戦えますか。ジャパニーズビジネスマン。

 

一つでもミスをしたら、ワーキングプアになる

ある日の夜、私は眠れなくなってしまいました。くたくたに疲れているはずなのに、心臓が強く打ち、体が強ばり、横になっているのに全速力で走っているかのよう。

苦しい。どうしよう。どうしよう。

焦りながら寝返りを打ち続けていると、ふっと部屋のドアが開きました。父が立っています。母から私が眠れずに苦しんでいることを聞いて、様子を見にきたのでしょう。「高校生のくせに働き過ぎだ」と叱られるのだろうと思いました。「休め」と言われたら反発しようとも思いました。しかし父は暗がりから私を見つめてこう言いました。

「そんな程度、働いただけで、情けない」

その言葉は、就職してからも私の中に残り続けました。

就職氷河期を辛くも生き延び、なんとか零細企業の正社員の椅子に座らせてもらった私は、ろくな研修も受けないまま現場に投入されました。入社初日の記憶は恐怖でしめくくられています。初めての仕事に緊張して数字の計算を間違えた私を、上司は会議室に呼び出し、なぜこんなミスをしたのか、と執拗に追求したのです。

一つでもミスをしたら、自己責任の名のもとに、ワーキングプアになってしまう。あの頃の新卒社員は皆そう思っていたのではないでしょうか。結婚も出産もできず、たどりつく先はホームレスかもしれない。生き残るために、たどりついた答えは、ただひとつ。上司の言いなりになって働くこと、でした。