組み合わせ無限大! 「ニオイ」を測って世界平和を達成する方法

科学技術と社会をつなぐ架け橋に!
清水 修, ブルーバックス編集部

「今後も『基礎的な原理研究』と『社会実装のためのシステム研究』を並行してやっていこうと考えています。MSSアライアンスで作ろうとしている規格では『a, b, c, ……の感応膜を有するチップAを搭載したモジュールαで、このような条件で測定すれば、これだけのニオイを測定可能で、このような用途に使えます』という具合に、嗅覚センシングの最大公約数となるものを決めていくことになります。

しかし、ニオイは千差万別なので、用途によって感応膜だけでなく、モジュールや測定条件などシステムレベルでもカスタマイズしないといけない部分が大きいんですね。そういうシステムの研究もやっていかなきゃいけない。

現在、MSSはいろいろな用途での実装が期待されています。食品の熟成、ヘルスケア、農畜産業、環境関連(部屋のニオイなど)、製品の品質管理など。期待される幅がとても広いので、それぞれの用途に合わせたカスタマイズが重要になってくるわけです」(吉川さん)

果物の食べごろ判定から医学まで。応用範囲も無限大

たしかに、これだけ小さいMSSをうまくカスタマイズして社会実装していけば、その使用範囲はものすごく広いはず。実際に「ラ・フランス(洋梨)の食べごろをニオイで判断」(MSSフォーラムメンバーである弘前大学との共同研究成果)などもすでにできるようになっているらしい。将来的には、果物にMSSをかざして食べごろを判断する時代になるのだ。スイカを叩いてる場合じゃない!

「いや、そうなるかもしれない。ということなので」(吉川さん)

なるかもしれない? 確実になるんじゃないんですか?

「確実になります。が、もう少しいろいろ調べる必要があります」(吉川さん)

いろいろ企業も参画してきた現在、言えないこともあるのだろう。

現在、MSSアライアンスやMSSフォーラムの設立によって社会実装が進みはじめた状況だが、吉川チームでは医学研究者と共同で、医療応用の可能性を探る基礎研究も行っている。呼気や尿のニオイで「がん」の早期発見をしようという試み。人のニオイを犬に嗅がせてがんの早期発見をするという研究は、何かのニュースで見た記憶があるけれど。

「まさに、その『がん探知犬』のように『がん探知MSS』を作りたいと思っているのです。現在、小島寛先生(茨城県立中央病院)、佐藤幸夫先生(筑波大学)、宮下正夫先生(日本医科大学)と共同研究をさせていただいています」(吉川さん)

説明してくれる吉川さん。夢はどんどんふくらんでくるようだ(撮影:長濱耕樹)説明してくれる吉川さん。夢はどんどんふくらんでくるようだ(撮影:長濱耕樹)

「呼気や尿のニオイで病気が分かるという話は昔から言い伝えられてきたことなのですが、なぜ、そのニオイ分子が体内から出てくるのかということを突き止めないと病気との関連性が分かりませんよね。

人間が病気になって代謝経路などが変化すると、どんなニオイ分子がどの経路を経てどれだけ出てくるか。これってひとつを突き止めるだけでも医学的に重要な発見になりますが、それを何十種類も見つけていかないと、ニオイと健康状態との『因果関係』を完全に理解するには至らないわけです。

そのため、まずはニオイと健康状態の『相関関係』を、MSSなどのセンサーで見出して、その再現性などが確認できれば、スクリーニングなどに利用することができるだけでなく、そこから逆に『因果関係』を解明するヒントが得られるかも知れません」(吉川さん)

これはすごい話だ。実際にさまざまな病気がニオイ判定できるようになったら、臨床医学に大きなパラダイム転換をもたらすだろう。

難易度の高いニオイの計測と解析

MSSの標準計測モジュールはとりあえず第三世代でひと段落だとのこと。つまり、ハードとしてはもう完成か。あとはデータ解析の方法と実際のAI構築というソフト的な研究開発ということになる。

「いや、まだ、そう簡単ではなさそうです。用途しだいですが、ハードも継続的に改良が必要だと思いますね。

ニオイというのは『測るのが難しいニオイ』と『測りやすいニオイ』があるのです。たとえば、人間は悪臭に敏感なので、ものすごく低い濃度でも悪臭には反応します。だから、悪臭をターゲットにするのであれば、センサーもより低濃度で感知できるようにしなければなりません。

それから、厄介なのが湿度と温度。あるニオイと別のニオイを見分ける場合、2つのニオイに対するセンサー応答の違いで判断するわけですが、似たニオイになると、その応答の違いよりも、湿度や温度で生じるブレの方が大きくなってしまうことがあります。その場合は、湿度や温度をきっちりと管理して測定しないと見分けられないことになります」(吉川さん)

特に大変なのは「湿度の克服」だそうだ。つまり、湿度がパーセンテージレベルで変化している時にあるニオイを同定できるかという問題。湿度による値のブレは当然、補正して答えを出さなければならない。

呼気や食品など、サンプルそのものが水分を含んでいることもある。また、ニオイ測定ではその日の外気なども考慮しなければならない。湿度が低いカラカラの日と湿度が高いベトベトの日ではセンサーの応答も変わってくる。