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作家には「流されていくとこうなる」に反抗する使命がある

芥川賞を受賞していま思うこと
今年1月、第160回芥川賞を受賞した上田岳弘さんの『ニムロッド』。この作品はいかにして書かれたのか、そして「ニムロッド」という単語に込められた思いとは――芥川賞・直木賞ダブル受賞特別企画第1弾として、上田さんに寄稿していただきました!

自動筆記的に書いている

僕の5作目の中編小説「ニムロッド」が第160回芥川賞に選ばれたのは、1月16日、これを書いているひと月と少し前のことだ。同賞の候補になったのは3度目だったものだから、慣れたもの、と言いたいところだが、これが全然慣れない。

何によらず、僕は待つことが苦手なのだ。これまでに第28回三島由紀夫賞、第68回芸術選奨新人賞を受賞した経験があるが、特に後者は候補となった時点での発表がないタイプの賞で、やきもきすることもなく、受賞の知らせが舞い込んだ際には驚きと喜びだけがあった。

かたや今回の芥川賞は3度目であり、加えてテレビでもご活躍の古市憲寿さんが候補入りしていたせいか、候補が発表されると周囲の人からよく声を掛けられていた。

それもあって、受賞の連絡を受けた瞬間、「これでもう、賞のことを気にしなくていいんだな」という安堵ばかりがあった。

この時はまだ、「ニムロッド」の単行本を出すための準備をしている段階だった。これまでは単行本の刊行と同時に、文学周りの雑誌や新聞の記者たちが、作品についてのインタビューをしてくれた。

「ニムロッド」はまだそれらを受けていない、まっさらな状態だった。だから受賞インタビューと併せて、作品について様々な角度から聞かれることになる。

──この小説を書いたきっかけは?
──なぜ仮想通貨を題材にしようと思ったのか?
──なぜ田久保紀子はいつもフルネームで呼称するのか?
──作家志望の作中人物ニムロッド、あれは作者自身なのか?

いろいろなタイプの書き手がいると思うが、僕の場合はモチーフや登場人物、その他の要素を書く前から明確に決めているわけではない。

新作を書くと決めた朝、PCに向かってキーボードに手を置き、簡単にはまとまりきらない感覚を形にしようと努力する。

それが上手くいっていようがいまいが、とりあえず前へ進み続け、作品が要請する抗いがたい流れ、そういったものに耳を澄ませる。だから、ある種自動筆記的に書いていると思う。

そういう書き方をしているから、各要素が作品の中でどういう役割を担っているのかについて、元々そこまで分析的に考えてはいない。けれど作品として成立している場合、それらの要素は有機的に繫がっているものなのだ。

これは経験則であり、初稿をあげる時よりも長くて辛い推敲を経てわかることだ。単行本として作品が固まってしまってから、記者や編集者から質問を受けて応えていくうちに、僕は自分の書いた作品を否応なく、構造的に理解していくことになる。

いつも思うのだけど、このことは僕を不思議な気持ちにさせる。

僕は2004年頃から、IT系のベンチャー企業の立ち上げに関わり、今も会社役員として働いている。特に仮想通貨を扱う業種ではないのだが、2017年の末頃から、仮想通貨の時価総額が一時的に高騰した際にはとても興味をひかれた。

今回は、その仮想通貨というものを扱っているからか、経済系やコンピュータ系の雑誌などからも取材していただいた。これまで小説を通じて接することの少なかった分野なので、新鮮だった。

純文学を日常的に扱っているわけではない編集者たちの、文学に対する興味は率直で真摯なものだった。彼らが文学に寄せる期待の熱度にほっとしたし、それに背筋を正される思いもする。

サーバーに支えられた世界を文学化する

「サーバーの音がする。」

受賞作「ニムロッド」はそんな文章から始めた。音や風景の描写から始まるのは、私的な領域を描くことに長けた純文学としては、ありがちな始まり方かもしれない。

ここで描出したかったのは、アクセス用のコンピュータであるところの「サーバー」たちがラックに突き刺さって整然と並ぶ、サーバールームの情景だ。

便利になった世の中の縁の下の力持ちとして存在する、金属と樹脂の塊。サーバーは、デジタル化する社会の文字通り礎である。

効率化の権化として成立するサーバーたちは、巨大資本の元に集積が進んでいる。どこにあるのかさえ明示されないケースもあり、ITに携わらない人々の目からは見えにくい存在だ。