「免疫療法」の選択

 そんな先の見えない毎日の中で、ある日、岩本夫妻に大きな転機が訪れる。とある「免疫療法」との出会いだった。
 
新聞で偶然見つけた最新の治療法。クリニックのセミナーを受けてみると、「うまくいけば、かなりの治療効果を得られるし、生活の質も上がる」という。しかし、保険のきかない最新治療は驚くほどに高額だった。1クールが400万円で、4クール。1600万円もの治療費が必要になるのだ。
 
英子さんはためらったが、岩本さんは妻に1年でも2年でも長く生きて欲しかった。そのためなら、老後のためにコツコツ貯めてきた貯金も惜しくはなかった。

乳がんの胸膜転移が分かった頃、岩本さんは、英子さんが「バカみたい」と自嘲気味につぶやくのを聞いていた。夫婦ふたりでのんびり過ごす老後を夢見て、贅沢もせずにつましく暮らしてきたのに。こんなことになるのなら、倹約なんてしないで使ってしまえばよかった……と。
 
命がなくなっては、貯金なんて何の意味もない。英子さんの命を永らえるために、岩本さんは高額な免疫療法に賭ける決意をしたのだった。
 
「この治療が上手くいけば、生き延びられるかもしれない」

新しい治療へのチャレンジを決断したことで、二人の心には希望が生まれた。

新しい治療法の断念

だが、奇跡は簡単には起こらなかった。実際に治療が始まってみると、抗がん剤以上に激しい副作用が英子さんを襲ったのだ。免疫療法の点滴を入れた途端に、悪寒や動悸に苦しめられる。加えて高熱、息切れ、酷い頭痛……。
 
これはきっと薬が効いている証拠。治療が軌道に乗ればよい方向に向かうはず。そんな期待を支えに苦痛に耐えたが、治療の回数を重ねるたびに体調は悪化するばかり。抗がん剤で抑えられていた胸水もたまり、息苦しさにも苛まれるようになった。
 
明らかに状態は悪くなっている。本当にこの治療を続けていていいのだろうかと、不安が募る。担当の医師に相談しても「大丈夫、良くなるには試練がつきもの」と、通り一遍の言葉が返ってくるばかり。治療に対する疑問は日に日に膨らむが、もう後のない「最後の賭け」を、簡単にあきらめることはできなかった。だが……。
 
結局、岩本さんは2ヵ月で免疫療法を打ち切ることにした。これ以上続けたら、妻はこの治療で死んでしまうと思ったのだ。