日本の先祖に!?なぜ諸葛亮(孔明)は「明治の偉人」になったのか

局アナが語る「三国志の日本史」③
箱崎 みどり プロフィール

さて、こうした要因もあり、多数乱立した孔明の評伝の中には、内藤虎次郎(内藤湖南)『諸葛武侯』や宮川尚志『諸葛孔明』のような、学者によるものとは別に、より広い読者に向けたものも増えました。

一般向けながら史実に沿おうとした評伝と、それ以上に、孔明に対する自らの熱すぎる思いをぶつけた評伝の二種に大別できます。

その中で、史書をベースとした記述と、著者の考えとが組み合わされたものが、白河鯉洋『諸葛孔明』。

あっさりとした印象になりがちな評伝の冒頭に、大見出し「三國志は東洋の清華」から「孔明と曹操との爭ひ也」「理想的人格としての孔明」まで、随筆風に自らの考えをはっきりと打ち出し、その見解を証明するように人物伝を重ねていく構成です。

白河は、曹操と諸葛亮の二人が歴史を造ったとし、三国時代の歴史は二人の衝突の記録だと訴えます。

事実かどうか疑問が残る孔明の伝説についても、その声望の現われとしてまとまった量を引用し、典拠を明記しています。

白河『諸葛孔明』の多面的、網羅的な記述と、その独自の「三国志」観は、後に、吉川英治『三国志』(次回に詳述)など、小説にも大きな影響を与えることになりました。

英雄崇拝者が描く孔明

シリーズもの以外の一般的な評伝には、自らの気持ちを孔明に託し、世間に訴えたいことがあるのだと、情熱を持って書かれたものが多いように思います。

吾耻庵主人『我愛する偉人』は、はじめ作者は匿名でした。

後に本名で再度刊行された際、著者の永田秀太郎は執筆当時を振り返り、「本書は明治四十三年の夏僕が熊本縣警察部長をして居た時の時代の風潮に對して滿腔の不滿を抱いて東京より歸縣するや直ちに筆を執り一氣呵成に書き流したものである」と綴り、自然主義、社會主義、官僚主義が癪に障ったため執筆に至ったと述懐しています。

孔明に私淑しつつも、「決して孔明を傳せむと考へたのでは無い、孔明を藉りて自己の意思を發表せむ事を期待したのである」と、孔明を通して社会や青年への希望を訴えようとしたと語ります。

そのため、大げさな表現や同時代を嘆く表現が随所に出てきます。

永田は堂々と、「歷史家は寫眞の樣なものである、何もかも有の儘に寫せば好い、然るに英雄崇拝者は畫家の如きものである、惡を去りて善を採り醜を棄てゝ美を鍾め之を理想化して其の善美なる點を讃美すべきである」と、歴史家と立場が違う、“英雄崇拝者”として執筆したことを明確にしています。

ついに日本の先祖に

弁護士である太田熊藏の『諸葛孔明傳』は、真珠湾攻撃の翌年、昭和17(1942)年に発行されました。

「序」によれば、元々非常時に何か遣りたいと思い執筆に取り掛かっていたが、アメリカとの開戦を告げた「宣戦の大詔」によって一気呵成に筆を進めたといいます。戦争を前にした孔明伝なのです。

孔明を知ることで中国の歴史の一端を知り、更には東亜に関する認識を深めることができると書かれていて、日中戦争、太平洋戦争中という時代を映しています。

「序篇」では、日本と孔明のつながりを強調。日本で孔明がいかに馴染み深い存在であったかを振り返り、孔明の人格を紹介して「眞に我國の先祖としか感じられない」と述べています。日本の先祖のような、中国の偉人という、不思議な扱いを受けるのです。

孔明は、「支那隨一の偉人」とされ中国を代表する存在。当時、戦争の大義名分であった「大東亜共栄圏」を作り上げるために中国理解が求められる中、孔明を知る必要があると語られます。

中国の偉人である孔明は「臣道実践と職域奉公に生き拔いた人物」であり、和気清麻呂、楠正成と並び、執筆当時の日本で検討するべき人物だとし、大東亜戦争で活躍する同胞に孔明の精神を伝えたいと綴られます。

文学や歴史は戦争に利用されてしまうことがありますが、ここでの孔明も、戦争を前に特異な役割を与えられてしまっています。

孔明の評伝とひとことで言っても、事実に即した孔明の姿を描こうとした学者の専門的な評伝から、『三国志演義』も併せた自由なイメージで、理想的な人物である孔明の姿を学生や社会全体に伝えようとするものまで、幅広くあります。

諸葛亮の評伝は、大衆化していく中で、精神修養的、啓蒙的な性格まで加わっていくのです。

この幅広さ、雑多さは、再話小説のバリエーションの豊かさにも通じるものがあるように思います。人それぞれ、自分の「三国志」を持っている、そして世の中は「三国志」で溢れている――、やや硬い形ながら、明治から戦前にかけても、江戸時代や今に近い現象があったと言えそうです。

連載第4回に続く!


<参考文献>
(第1回・第2回の参考文献、本文中の一次資料に加えて)

海後宗臣編『日本教科書大系 近代編 第4巻 国語(一)』(講談社、1964年)
永田秀太郎『我愛する偉人諸葛孔明』(敬文館、1920年)

井波律子「日本人と諸葛亮」(『月刊しにか』1994年4月号)、62-67ページ。
桂月漁郎(大町桂月)「時文 星落秋風五丈原を讀む」(『文藝倶楽部』第4巻、第16編、1898年)、154-157ページ。
木村一信「日本における諸葛孔明像(二) ―明治以後」[加地伸行『諸葛孔明の世界』(新人物往来社、1983年)]所収。
森正人「近代国民国家のイデオロギー装置と国民的偉人 : 楠木正成をめぐる明治期のふたつの出来事」(『人文論叢 : 三重大学人文学部文化学科研究紀要』24
巻、2007年)、163-177ページ。
山口隆夫「国定国語教科書と外国観(Ⅱ)――「尋常小学国語読本」の外国関係教材」(『言語文化論集』第Ⅴ巻第2号、1984年)、135-156ページ。

「亜細亜大学平成二十四年度図書館年報」
http://www2.asia-u.ac.jp/~libquest/stackdata/_src/sc667/aulibrary_annualreport2012.pdf
2019年3月7日閲覧。
「学制百年史」
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317552.htm
2019年3月7日閲覧。

孔明の評伝については、拙稿「近代日本における諸葛亮の評伝をめぐって」(『三國志研究』第9号、2014年)を改めたものです。