「横浜の奥地」にある小さな居酒屋がいつまでも繁盛している理由

ロビンソン酒場を往く③

既視感のある町で

幹線道路の脇、どこから行ったらわからないような場所に、その名店はある。最寄駅から歩いて約30分、まごうことなきロビンソン酒場である。

東京の桜田門から神奈川県の平塚をむすぶ中原街道の、ちょうど真ん中あたりを車で走る。中原街道は、東海道の脇街道で、かつては虎ノ門あたりから徳川家が平塚にもっていた中原御殿を結んでいた。

片道2車線の広い道をはさんだ両サイドに広がるのは、スティーブン・キングが日本人だったら、このあたりを舞台に何作か書いてくれたのではないかと思わせるほどに、これ以上ないほど「郊外」の雰囲気が漂い、走れども走れども、どこか既視感のある光景である。

ただ、毎度、保土ヶ谷バイパス(東名高速)の近くで、息を飲む場所があるのだ。

赤提灯だ。

傍に、映画のセットのような光景が目に飛び込んでくる。巨大チェーンの飲食店とマンションと、これといって主張しない住宅のくりかえしのなか(といっても、そうした「制服の行列」のような空間に、エリアごとの独特さがあるのが「郊外」でもある)、突然、そこだけ数十年前の光景が、昭和を特別に保存したような一画がある。

 

遠くから飲兵衛を魅きつける大赤提灯

目に飛び込んでくるといっても、規模はきわめて小さい。数軒の店が一つ軒の下に連なった長屋型の商店が向き合っている。アーケードにはなっていないが、それは、昭和の、そこここで見られた「マーケット」の様相である。

なにより、 一際目をひくのが赤提灯である。飲兵衛がいつの間にか身につけている、高張提灯に対する過敏なまでの認知力のせいばかりではない。一般的な15号というサイズよりもふた回りは大きい、おそらく19号の、かなり大きな赤提灯の主張は幹線道路をかなりの速度で走っていても十分に訴求力がある。

そこは横浜である。横浜市旭区上白根町。
店の名は「とん春」という。大袈裟でなく、ちょっと奇跡のような店である。

最寄駅のJR横浜線中山駅からバスもあるが、バスはそれほど本数はない。17時と19時台は1時間に5本あるが、ほかの時間帯は2本程度である。歩くと30分近くかかる。

あらためて言うと、この連載の「ロビンソン酒場」とは、最寄駅から遠い、それなのに流行りつづけている店のことである。ダニエル・デフォーの名作「ロビンソン・クルーソー」にあやかっている。孤島のような、されど、行かずにはいられない素晴らしい店のことである。

動物園がある横浜の「奥地」へ

ロビンソンは孤島で自給自足したが、もちろんロビンソン酒場は、サービスはお店がやってくれる。ちなみにロビンソン・クルーソーのモデルといわれているアレクサンダー・セルカークは、遭難した島では当初、森に潜む野獣を恐れ海岸に暮らしたが、海辺に発情したアシカがやってきたせいで、島の奥地へと移動したそうだ。

かつて「いちばん怖いのは彼女と一緒にいる、あんまり強くない不良」だと、大船のある飲み屋で隣に座った酔客(大変な強面)に言われた時、セルカークとアシカの話を思い出したものである。

さて、とん春である。

この店の近くにはズーラシアという動物園がある。オカピという、尻だけシマウマであとはロバみたいな雰囲気の動物の飼育で有名である。この動物園ができたのは20世紀末のことだ。

そんな時代に、日本で第二の人口をかかえる市のなかで、広大な敷地を確保し開園できた事実から察するに、交通の便の良さを期待する人は多くあるまい。とはいえ、横浜市は広くて、人口密度は埼玉県蕨市のほうがはるかに高い。

だからといって、その店は動物園の客を目当てにしていないことは一目瞭然である。そもそも、動物園から近いといっても、そこそこの距離がある。

幹線道路をてくとくと歩き続ける。横浜は坂が多く、この店も中山駅からはほとんど登りである。傍を車がどんどん走る。近所の古老らしき人が散歩をしていたので、この中原街道のことを尋ねたら「江戸末期は東海道よりも通行が多かった」とまるで、実際に目撃したかのように話してくれた。

店の手前で道は下りになる。その下りのちょうどいちばん低いあたり、両側を斜面にはさまれ、わずかに窪地のようになったエリアに、とん春はある。実際に足をはこぶと、かつては魚屋や八百屋などもあったのだろうが、今はない。飲食店が数軒営業しているが、昔からあるのはとん春とその向かいの蕎麦屋だけだ。