不可解な描写、技巧を否定したかのようなゆるい味わい……「へそまがり」な感性から生み出された、常識を超えた、美術史に新たな視点を与える展覧会「春の江戸絵画まつり へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」が開催。中世の禅画から現代のヘタウマまで、 日本の美術史に点在する「へそまがりの心の働き」が見られるこの展覧会から、今、ネットで話題になっている徳川家光≪兎図≫など、特に“破壊力”のある7作品をセレクト。本展覧会担当の金子信久学芸員に解説していただきました。日本美術の新たな楽しみ方が見つかるはず。 ※『へそまがり日本美術』(講談社)より引用。

激しい驚き、果てしない脱力感

仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)布袋図(部分) 文政元年(1818)

かわいい、愉快、いや奥深いとか、あらゆる言葉が吹き飛ばされてしまう、破壊力いっぱいの作品。

もちろん「破壊力」は褒め言葉である。

月を指差す布袋の絵には禅の教えが含まれているというが、この布袋はどう見ても真横を指している。それでも目だけは上向きである。大きな袋を軽々と片手で持ち、更には腰をくねらせるようにして、軽やかな身のこなしだ。

常におかしく描くことを心がけていたであろう仙厓だが、これは相当悪ノリ、いや、興が乗っていたに違いない。

お殿様の絵の謎

徳川家光(とくがわ・いえみつ)兎図(部分) 江戸時代前期(17世紀前半)

将軍家の御用を務めた狩野派にも兎の絵はあるが、描き方が全く違うので、家光がお手本を見て描いたとは考えにくい。想像するに、自分の頭の中にあった兎という動物のイメージを、既成の「描き方」に頼らず絵にしたのではないだろうか。

私たちだって、イラスト化された「描き方」を知らずに何かを真剣に描けば、大真面目な、しかしかなりおかしな雰囲気の絵ができるはずだ。家光の兎が異様なまでにおかしく見えるのは、「狙わない大真面目さ」に発するところも大きいかもしれない。

兎のほかにこんな作品も…

徳川家光 木兎図(部分) 江戸時代前期(17世紀前半)養源寺(東京都文京区)

笑顔とは、こんなに嫌なものだったろうか?

岸駒(がんく)寒山拾得図(部分) 江戸時代中期(18世紀後半)敦賀市立博物館

禅画の重要テーマ、寒山拾得。(日本では中世から近世にかけて、多くの絵が描かれてきたが)時代が下ると、ずばり禅画ということからは離れて、もっと気味悪く描こうと挑む画家が現れるなど、絵画としての世界が広がった。

京都の画家、岸駒は、さすがに押しの強さを信条とする実力者。苦さいっぱいの笑いには虚無感さえあるのに、それを、これでもかと積極的に送ってくる。