「#なんでないの?」その一言に込める思い

「#なんでないのプロジェクトの福田和子です」そういうと、大抵は怪訝な顔をされる。そこから、会話をはじめてみるのが最近の私のお決まりだ。

「なんでないの?」と思うことは、それなりに自己肯定感の高い行為だと私は思う。なぜならそこには、あって当然、という前提があるからだ。女性が使えるより確実な避妊の選択肢は決して、「あったらいいな」では済まされない。

あって当然なはずのものがない、その現実に、この一言を通じて気づいてほしいと思った。そして願わくば、この一言をきっかけに、「なくて当たり前、仕方ない」そう感じる様々な出来事に、問いかけや問題提起をしやすい社会になってほしいと思う。そんな思いで、私はこの言葉に辿り着き、「#なんでないの」と日々、SNSで呟いている。

避妊に関することでも、私が声を挙げられた理由

冒頭でお話した、スウェーデンで出会った産婦人科医・ブリギッタとの会話には、実は続きがある。数々の避妊法や、料金の安さ(地域差はあるが、25歳以下なら多くの地域で避妊、緊急避妊、どちらも無料!)にただただ驚く私は、彼女にこんな質問をした。

「避妊の推進だなんて、無防備な性交渉を増やすといった反対はないんですか? なんでこんなに、進んでいるんですか?」

ブリギッタは答えた。

『避妊が中絶を減らす実情』がすでに教育されて浸透しているから、まずそんな反対はないわね。私も含めて誰もがこれだけの医療を受けてきているし、他の人も貧富に関係なく平等に受けられて当然、っていう考えが根幹にあるのよね。だからこそ、お金の少ない若者には負担を減らそうと思っているのではないかしら」

この一言は、私に大きな気づきを与えてくれた。なにかと倫理やタブーに絡めとられがちな性の話。しかしながら、「性」に関わることも、実際は「健康」に関わる無視はできないもので、そこに必要なケアを求めることは当然のこと。彼女はそう、教えてくれたのだ。

とはいえ、私は今でも、性に関してプライベートな話をするのはあまり得意ではない。そこは人それぞれだ。しかし、セーファーセックスや避妊に関しては全く違う。躊躇いもなく話せる。それは私が、上記のような経験を通して、「性」に関わることは自分の健康権利に関わる普通の話、と心から思えたからだと思う。高校の時、権利の文脈に埋められた緊急避妊の話が、頭にすんなり入ってきたのと少し似ている。

2017年5月に、プラハで開催された世界性科学会(World Association for Sexual Health)にも出席 写真提供/福田和子

これからの話、日本でどう「性」を伝えるのか

本プロジェクトをはじめてまもなく1年。これまで様々な場で講演をしたり、文を書いたりする中で、私が最も驚いたことのひとつが、家族の変化だ。

私がこの活動を始めたとき、家族は無論、困惑していた。しかし、ひとまず講演等に呼んでみる中で、「これは大事なこと」と口にしてくれるようになったのだ。他にも、友人が、私の活動をきっかけに、「はじめて家族や彼氏と真面目に性について話せたよ」という声を聞くと、本当にうれしい。

確かに、いくら健康権利の話といえども、そう思えるようになるにはきっかけや時間は必要だと思う。私もそうだった。しかし、そこに向き合わない限り、不本意な性行為や想定外の妊娠など、性を通じた傷つきはなくならない。そのためにも、「気づいたら話せた!」そんな変化を遂げてもらえるような連載にしていきたい。

性を通じて傷つくのではなく、人生豊かになれるひとが増える社会を願って。